「うわっ! さっぶ〜」

 神尾晴子は庭一面の雪景色にまいった、といった表情で呟いた。

 寒い寒いと近頃思っていたが、いきなり起きたら雪が降っているのだ。

 流石に驚きは隠せない。

「昨日の天気予報じゃ、なんも言っとらんかったのにな〜。こりゃ観鈴が喜ぶな。まあ、

今まで降らんかったのが不思議か」

 晴子は庭で大喜びしながら雪だるまを作っている観鈴の姿を思い浮かべて笑った。

 そしてふと物置に目を向ける。

「……そうや!」

 晴子は悲鳴にも近い声を上げて外に出た。

 身を切るような寒さ。

 歯をがたがたとさせながらも物置のドアを開ける。

「生きとるか! 住人!!」

「……死んどるわ」

 黒い服の所々を白く染めながら、国崎住人はか細い声でそう言った。







『ふゆのうた』







「住人さん、かわいそう」

 神尾観鈴はストーブに必死に手足をなすりつけている住人に言った。

 その手はタオルで住人の背中を擦っている。

(人の家の物置で凍死なんて、格好つかない死に方はしたくないな)

 と言おうとして口を動かしているのだが、住人の口は震えて言葉に出来なかった。

「いおおうええおうし……」

「無理して話さなくてもいいよ」

「まったく、人ん家の庭で死んでもろたらかなわんわ」

(誰のせいだ……)

 晴子は悪態をついて住人の前にコーヒーを差し出した。

 住人は文句を言おうとしたが、黙ってコーヒーを口にする。

 そうでもしないとこのまま永遠の世界に旅立ってしまいそうだった。

「……そう言えば、観鈴は学校行く時間じゃないのか?」

 ようやく落ち着いた住人は時計を指差しながら言った。時刻は既に九時。

 当然学校は始まっている。

 いつもなら。

「住人さん。今日から学校は冬休みなんだよ」

「冬休み?」

 カレンダーを見ると十二月二十四日。

 観鈴の話によると前日に終業式が終わったらしい。

「思えば、今日はクリスマスだな」

 住人が言ったその言葉に観鈴は顔を輝かせた。住人は一瞬その笑顔に心を奪われる。

「実はね。今日、夜にパーティをやろうと思うんだ」

「パーティ?」

 照れを隠しながら住人は観鈴にきく。その先を晴子が続けた。

「ああ。佳乃ちゃんと美凪ちゃんを呼んでな。今年のクリスマスはわたしも休み取ったし一緒に過ごすんや」

 晴子は年に似合わぬはしゃぎようだ。

「何か言ったか?」

「いいえ」

 とりあえず速攻で否定しておく。また雪の中庭に放りだされかねない。

「でもなぁ。佳乃と美凪が来るって事は、やっぱりあいつ等も来るのか」

「あいつらとは、誰の事かな。国崎君」

「空耳でございます」

 いつのまにか住人の後ろには女性が立っていた。

 なかなかのプロポーションを持ち、顔も美人に入る。

 しかし、指の間に挟まれているメスがその雰囲気を台無しにしている事に全く気づいていないようだ。

「聖、いつの間に来たんだ?」

「たった今だ。折角パーティに呼ばれたのだ。手伝いくらいしなければ失礼だろう」

「あっら〜。別にえかったのに」

 晴子はそう言ったが満更でもなさそうだ。

「さあさあ、子供達は子供達同士で遊んできな。住人。お前も行けや」

「俺は子供じゃないぞ」

「観鈴達の保護者役や」

「佳乃に手を出したら……分かってるな」

「……俺に選択権はないのかよ」

 住人は何となく不条理を感じながらその場を観鈴と共に後にした。





「ごめんねぇ、住人さん」

「いや、いつもの事だ」

 住人は体をちぢこませて振るえながら進んでいる。先ほどから雪が降り始めてだんだんと視界が白くなっていた。

「こんなんじゃ、外で遊べないんじゃないか?」

「にはは。観鈴ちんは風の子なんだ」

「晴子の娘じゃないのか?」

「……住人さん、キレが無いね」

 とそんな会話をしながら二人が進んでいくと、目の前に雪玉が迫ってきた。

「ぴこ〜」

「決めるぜ! 稲妻シュートぉお!!」

 住人はキレのある動きで自分に向かってきた雪玉――もとい毛玉をダイレクトで打ち返した。

 毛玉――ポテトはそのまま進行方向にいた人物の胸に吸い込まれる。

「止めるぅ、よ!」

 がっしりとポテトを掴んだ人物は満面の笑みを浮かべて住人に話し掛けた。

「やったぁ! ゴールは死守したよ」

「さすが若林君! ……って、どこがゴールだよ、佳乃」

「佳乃ちゃん。おはよー」

 霧島佳乃は右掌をぴっ、と伸ばして兵隊がするように構えた。

「おはよう! 観鈴ちゃん! 住人君も」

「鮮烈な挨拶の割にはすっきりしてるな」

「ぴこ〜」

 住人の足元でポテトが顔をしかめながら鳴く。

「そうか。お前も納得してないか」

「ぴっこり」

 ポテトは頷く。住人はふと、ポテトと会話できてる事に呆れて溜息を吐いた。

「住人さん! 早くいこ〜」

「住人君〜、ポテト〜。おいてっちゃうぞ〜」

 住人とポテトは再び顔を合わせて溜息をついてから歩き出した。





 結構な時間を商店街などで過ごし、住人達は駅にやってきた。

 もう機能していない駅。

 雪に埋もれ、もう完全にこの街からは浮いている。

 しかし廃駅という事と、誰にも使われないと言う事は同じじゃない。

「えい!」

「……」

「やぁ!」

「……」

「たぁ!」

「……」

 住人達の眼前には仲睦まじく雪玉を投げあっている二人がいた。

 正確には片方は投げてはおらず躱しているだけ。

「楽しいか?」

「ええ……」

 いつも通り、どこかぼんやりとした様子の遠野美凪が普通に顔を向けて言ってくる。

 しかし雪玉は当たらない。

 美凪はその場に静止しているというのに雪玉は見当違いの場所に飛んでいく。

「お前もな、当てろよ」

「うるさい! 国崎住人ぉ!」

 少し離れた場所で息を切らせているのは美凪の友達、みちる。

 その小さい体から湯気が出ている。

「どれだけやってたんだ?」

「……朝八時……くらいからでしょうか」

 住人は時計を見る。ちなみに観鈴からの贈り物だ。文字盤に珍妙な絵が描かれている。

 時間は十一時を回っていた。

「うわぁ、三時間もやってたんだ〜」

「すごいね〜」

 住人の後ろから佳乃と観鈴が会話に入ってきた。

(会話をしていたのか疑問だが)

「おはようございます。神尾さん、霧島さん」

 美凪は丁寧にお辞儀をした。慌てて観鈴はお辞儀をし、佳乃は「おはよぅ」と気の抜けた返事。

「えい!」

「今日は皆さんで何の御用ですか?」

「やぁ!」

「実はな、今日は観鈴の家でクリスマスパーティをやるんだ」

「たぁ!」

「昨日、神尾さんから電話が来ました。是非行かせて頂きます」

「ちょいさぁ!!」

「わぁい! それでね、今日は準備が出来るまで皆で遊ぼうって事になったの!」

「うにょろぉ〜!」

「それで何をして遊ぼうか?」

「びゃらうわ〜!!!」

「雪合戦……でもいかがですか?」

「はあああああ!!!」

 バシュ!

 鈍い音が辺りに響いた。

 観鈴も佳乃も美凪も会話を止めて上――自分達の背よりも少し上を見上げた。

「このヤロウ……」

 住人の顔に雪がついている。どうやらみちるの投げた雪玉が当たったらしい。

 しかも当たって半分砕けた雪玉の中には黒い物体――石が入っていた。

「はぁ! はぁ! はぁ! みちるを無視するなぁ!!」

「みちる、お話の邪魔をしてはいけませんよ」

「それは確信犯なの? 遠野さん」

 観鈴は顔を引き攣らせながら言うが、美凪は何の事か分からないみたいだ。

「みんなぁ、何か遊ぼうって話だったよなぁ」

 住人は何故かうきうきとした感じで観鈴達に話し掛ける。

「どうせなら雪合戦しようぜ」

 住人は雪玉を握った。その力は凄まじく手の甲に血管が浮き出ている。

「じゃあチームわけは……」

「鬼ごっこの要素を加えようじゃないか」

「お……にごっこ?」

「なんか面白そうだねぇ」

 困惑する観鈴と意味もなく楽しむ佳乃。

 そしてあまり感情を見せない美凪

 住人はつくづく、この三人が友達だという事に因果なものを感じた。

 とまあ、そんなしみじみとした感情は、今は意味がない。

「つまり、鬼一人は雪玉を俺達に当てるまでみんなの標的になるんだ」

「……いいですね」

「決まりっ!」

「じゃあはじめようよ〜」

「うう……とてつもなくみちるに不利な気がする〜」

「ぴこ〜」

 少ない非難の声を含みつつ雪合戦(ハンティング)が始まった。

 十分後、雪に塗れたみちるの体が横たわっていた。

「ぴこ〜」

 寂しげなポテトの声が風に流れた……。





「メリークリスマ〜ス!!」

 パンパン! とクラッカーの音が響く。

 観鈴の家は様々な装飾が施されていかにもクリスマスと言った感じになっている。

 いつもはラーメンセットなどが並ぶテーブルの上にもケーキや鶏肉などクリスマスな食

べ物ばかりだ。

(早く喰わせろ)

 目をハイエナのようにぎらつかせた住人が今か今かと待っている。しかし前から聖のメ

スが牽制しているために手は出せない。

「それではプレゼント交換から始めるで〜。買って来てない奴は飯抜きや〜!」

「なんですと?」

 住人は顔を青ざめさせた。今日がクリスマスだと今朝に思い立ったというのにプレゼン

トなど買ってはいない。しかも飯抜き!

「お願いです飯を下さい」

 とりあえず素直に謝っておく。

「却下」

 そして住人は食卓から追い出された。





「美凪ちゃんは……お米かいな。どこにこんな重い物もってたん?」

「はい。プラス一年分のお米券です。これで食事はばっちり。ブイ」

「あはは! わたしはねぇ〜。これ! 流しそうめん用特性竹! 耐用年数一年の優れものだよ〜」

「ふふふ。我々が国崎君を騙してただ働きさせて取った物だ」

「そうめん食うのは夏だけやしなぁ」

「流しそうめん……ぽ」

「何故顔を赤らめる?」

「にはは……わたしは、これ」

「こ、これは……」

「『どろり濃厚なっとう味』ってこれ飲み物かいな!?」

「え、美味しいよ(にょろにょろ)」

「既に飲み物の音じゃないです……」

「そ、そうだねぇ」

「ぴこ〜」



(微妙なところだが、楽しそうだな)

 住人はある程度会話を聞いてから外に出た。

 あんなにも夏が似合っていたこの場所にも雪が降る。

 この街に来てからもう半年が過ぎようとしている。翼の少女も見つかったし、助けた。

 佳乃に美凪。

『何か』に囚われていた二人も助ける事が出来た。

 今や三人は友人で、楽しく時を過ごしている。観鈴ももう少し引っ込み思案な所が治れ

ば他のクラスメートとも仲良くなれるだろう。

(もう、俺がする事はなくなったな)

 少し寂しい気もするが、もうこの場所に自分は居てもいなくても変わらないだろう。

 なら、また旅に戻るのもいいかもしれない。

 元々旅は嫌いじゃない。

「住人さん」

「……なんだ?」

 後ろを振り向くと観鈴、佳乃、美凪が揃っていた。観鈴の手には大きな箱がある。

「ええと……」

 観鈴が顔を赤くして言葉を紡ごうとする。

 しかし言葉にならない観鈴の横から佳乃が先んじた。

「住人君! 日頃の感謝だよ〜」

「ぴこ〜」

「私達三人で国崎さんにプレゼントを用意したんです。国崎さんがいなければ私達は救われなかった」

「……住人さん。ありがとう」

「観鈴……みんな……」

 住人はがらにもなく感動していた。そして、初めて気付いた感情があった。

 いつの間にか自分が彼女達に何かをしてやることが、自分の存在理由だと思っていた。

 だが、そんな事は傲慢だ。

 彼女達が自分にこんな笑顔を向けてくれる事が、自分はここにいてもいいという事なんだろう。

(なにより、俺が居たいから居る。それでいいじゃないか……)

「ありがとう」

 その言葉はすんなりと出た。そこまで素直な言葉は予想していなかったのか三人は顔を見

合わせて驚いている。

 住人は笑いながらプレゼントの箱を開けた。そして――絶句した。

「……なんだこれは?」

「え、えと……」

「にはは……」

「買うと言ったのは神尾さんです」

「そんな! 遠野さん!」

「わたしは嫌だって言ったんだけど〜」

「佳乃ちゃんまで!!?」

 早くも三人の間に亀裂が入っているのを見ながら、住人は冷静に、というか冷酷に三人を見ていた。

 流石に顔を引き攣らせて後ずさりしている。

「いい度胸だなぁ。なら、お兄さんも君達にプレゼントを上げよう。僕のとっておきを」

「住人さん。口調が危ないお兄さんだよ……」

 観鈴の声ももう住人には届かない。

「行くぞおら〜!!」

『きゃあああ!!!』

 逃げ出す三人を住人は追っていた。内心で、さっきまでのシリアスな考えを恥ずかしがりながら。

(結局、こんな日常を繰り返すのが、俺があいつらにしてやるプレゼントなんだろうな)

 それこそかけがえのないプレゼントなのだ。

 居た人が突然消える。その事ほど辛い事はない。

 自分の前から母親がいなくなってしまった事で、悲しい思いを自分はした。

 だから自分は、少なくともこの三人にはいつも通りの日常を与え続けたい。

「……それとこれとは話は別だがな!!!!」

 そんな決意を固めながら住人は三人の後を追って走りつづけた。



 〜Fin〜






 紅月赤哉であります。  さて今回は特筆して何も出来事が起こらないAIR第二弾でした。 「青空」で一度試した「何の変哲もない日常」をもう一度試みてみました。  今回は何となく成功したと思ってます。  僕の中でのAIRはこれで大体書くことは書いたなぁという感じです。  次はまた違う二次創作を書いていこうと思います。  では〜。