「あー、俺、犯人扱いなのかなぁ」



 三森一樹は両サイドに座っている警官をちらりと一瞥してからため息と共に呟いた。



 今、彼はパトカーに向かってあるマンションに向かっている。



 三日前に自分の元彼女が自殺か他殺か知らないが、死んでしまったのだ。



 自分はその重要参考人らしい。



(俺じゃないんだよな〜。でも最後にあったの俺だって言うし、アリバイもない……)



 鬱な気分になっているうちに、目的のマンションについたために一樹は警官達と共に現場に向かった。



 エレベーターを上って彼女がいた部屋へ歩いていき、中に入る。



 そこには多数の警官と、何故か関係なさそうな少年。



 そして――



「何で、お前がここにいるんだよ?」



「真実の旋律を見つけ出すためさ」



 女刑事の隣にいた高校生くらいの少年が言った。その瞳に背筋が凍りつく。



「さあ始めよう。真犯人の坂口友枝さん」



 俺が見た意外な人物――俺の現彼女が体を震わせた。











『鳴海歩の事件簿@』解答編











「まずこの犯行は突発的な物だった。



 被害者が殺されるまでに脅迫されていた、命を狙われたという事実は発見できなかった。



 あったとしても騒ぎにするほどの物ではなかったはずだ。



 そしてそもそもの原因がその日にあったんだから、突発的なのもうなずける」



「だ、だから! なんで私が芽衣子を殺すのよ!!」



 坂口友枝は肩まである茶髪を振り乱して怒っていた。



 前髪が眼鏡にかかってうっとおしそうに手でかき分ける。



 手を握り締め、口を引き結んでいた。



「そんなに動揺しないでください。これから話します」



 歩は相手とは逆に冷静さを見せ付けて落ち着かせる。



(取り乱した相手に冷静さを見せ付ける事で精神的優位を保つ、か)



 まどかは歩のその技術に感心した。



 しかし冷静で当然なのだ。歩の考えは隙がない事が分かっているから。



「事件は深夜二時二十分頃、この部屋で起こった。



 そこの三森さんが帰った後に芽衣子さんはワインを飲んだ。自棄酒としてね。



 その後、あんたがやってきた。



 そして泥酔していた芽衣子さんがあんたに喧嘩を売って、口論をしているうちに誤って



 被害者を殺してしまった」



「だから、証拠を見せてよ!」



「原因はそこにいる三森だ。三森は前の彼女に別れを告げた。そして、今の彼女があんただ」



 友枝は後ろに体を引いた。



 歩の視線が見る目から鋭く突き刺す目へと変化したからだ。



「あんたにとって、前の彼女は邪魔以外の何でもなかった。自分がした、男を奪うって事を



 今度は自分がされるのではないかと思った。だから消したんだよ」



「ふ……、ふざけないで……」



「証拠が欲しいか? もう既にこの場にあるさ」



 歩は両手を広げて部屋を見渡した。



 つられて友枝は部屋を見る。しかし目に付く物はない。



「なによ! ないじゃないの!?」



「あるさ。……あんたの眼鏡だよ」



「!!?」



 友枝の顔は既に青い。歩は一気にたたみかけた。



「被害者と口論になった時、あんたは眼鏡を壊されてしまった。



 同時に被害者は死んでしまった。意識を失っていただけかもしれないけどな。



 そしてあんたは土壇場に気付いたんだ。……眼鏡が被害者と同じ事をね」



 歩は写真立てを取り出して友枝へとかざした。



 そこにあるプリクラの一つ。



 事件の日の二日前に友枝と一緒に映っているプリクラ。



「そのプリクラを見て変な感じがした。何故なら二人ともフレームが同じ眼鏡だったからだ」



「ど、どうして眼鏡が同じだからって、この眼鏡が証拠なの!?」



「簡単だよ。被害者は眼鏡をかけて死んでいた。しかしそれはありえないんだよ」



「ありえないって……? 彼女、眼鏡かけていたわ。人と会わない時しか外してないのよ。



 犯人と会っていたんなら、別につけていても……」



「彼女は事件の前の日からコンタクトだったんだ」



「……」



 友枝の顔が崩れた。



 絶望の表情に。歩は今、止めを刺した事を知った。



「前日のプリクラでは眼鏡を外している。そこの元彼氏は知っていたんだろ?」



 突然話題を振られて三森一樹は動揺したが、うなずいた。



「あ、ああ。別れる直前に印象が変わって、どうしようかと悩んだよ……」



 三森がうなだれ、それを見ていた友枝が泣き顔になる。



「あんたが彼女に会って外しているのに気付いた時、面倒くさいから外しているのだと思ってしまった。



 そうじゃない事に気付いたのはベランダから被害者を突き落とした後だった。



 そして、コンタクトレンズの痕跡をなくすためにハンドバックの中から関する物を全部抜き取り、



 不自然さをなくすために部屋全体を荒らして物取りに見せかけた。



 これには壊れた自分の眼鏡の破片を分からなくするための効果もあったんだ。



 木の葉を隠すなら森の中ってな。



 姉さんの部下に頑張ってもらって、散らばったガラスの欠片に一部形の違うやつを見つけたよ。



 明日になるだろうけど、あんたの眼鏡のレンズだと証明されるだろうさ」



 歩はその場を後にした。



 すでに友枝は頭をうなだれて鳴咽を吐き出し始めている。



 否定の意志は既になかった。



 もうその場には用はないと言った気配を出しながら部屋のドアを閉める。



「やれやれ」



 ため息混じりに歩は呟いた。











「結局、歩の言った通りか」



 まどかはスパゲッティを啜りながら呟いた。



「近くのごみ捨て場からコンタクトレンズの洗浄液以下が見つかって、



 眼鏡からコンタクトに変えたのも分かって……なんであんたわ〜」



「たいした事じゃないさ」



 頬を抓られつつも歩はスパゲッティを口に運んでいる。



「不自然な事が多かった。論理的じゃないからこそ、突発的だろうと思ったし、な。



 俺が気付かなくても一日もすればねーさんが気付いたさ」



「はいそうですか」



 相変わらず気のない返事の義弟にまどかはため息を吐いた。



(まったく。少しは自分の事を誉めなさいよ)



 そんな事を考えていると電話が鳴った。



「はいはい……」



 歩が面倒くさそうに電話機を取った。するとまどかにも聞こえる音量で声が飛ぶ。



【鳴海さん! 私のいない間に事件を解決しましたね!!】



 よく聞く、歩と共に事件に首を突っ込んでくる女の子の声だ。



 確かひよのとか言ったか。



「あんたかよ……。電話口ででかい声出すな」



【私という相棒をそっちのけですか!? 今まで散々利用してきたくせに〜】



「ば、馬鹿な事言うな! あんた、どこからかけてるんだ!?」



【家からですよ!】



「あんたの親に誤解されたらどうするんだ!!」



 ぎゃあぎゃあと電話口でまくしたてている歩を尻目にまどかは歩特製プリンを冷蔵庫から取り出した。



 スプーンでそれを口に持って行きながらぼんやりと考える。



(でも、あんな歩も高校まではなかったのよね。少しずつ、変わってはいるのか)



 まどかは更に声を張り上げる歩を微笑ましく見ながらテーブルの上にあるこけしを手に取った(どうしてあるのかは知らないが)



「うるさいわ!」



 投げられたこけしは歩の後頭部にぶつかった。









 こうして鳴海家の一日は更けていった……。





『鳴海歩の事件簿@』終わり