「こーすけ君」 浅月香介は自分を呼ぶ声に恐る恐る振り返った。 そこには童顔の少女の姿。 けして自分と同い年には思えない。 だが香介は、その少女がまったく気の抜けない相手だと知っていた。 「何だよ、理緒」 香介は内心の動揺を見せないように体中の力を総動員した。 そのかいあってか、普段と変わらない動作で目の前の少女に動揺は悟られてはいないようだ。 「何だよ、じゃないよ。明日の約束覚えてるよね」 「約束?」 香介はしらを切るが竹内理緒は言葉を続ける。 「買い物付き合ってくれるって約束だよ」 理緒は顔を精一杯憤慨させているようだ。 しかしその効果は薄い。 俗に言う「ロリコン」と呼ばれる人種にはかなり受けるだろう。 これほど表面と内面が違う女も難しい。 「明日は京子と用事があるんだ」 「わたしのほうが約束は先でしょ。約束破りの男って嫌われるよ」 「……どうして、こう」 自分勝手なのか、と言おうとして止めた。 どうせ口先で勝てる相手ではない。 「分かったよ」 「ありがとう、こーすけ君!」 理緒は両手を挙げてはしゃいでいた。 それを見ながら香介は気付かれないようにため息を吐いた。 (こうしてると、本当に普通の娘なんだがなぁ……) 孝介は自分の「ブレード・チルドレン」と言う立場とは別の意味で自分の身を呪った。 『ある男女の一日』 香介と理緒は街中のデパートを目指して歩いていた。 休日という事もあって道は通行人で込んでいる。 見回すと何組かの男女が歩いている。 手を繋いでいる事から見ても明らかに恋人同士だ。 「こーすけ君。何、アベックばかり見てるの?」 「別にそんなわけじゃないさ」 特に意味はない行動だったので、そのまま言っておく。 しかし理緒は少し表情を暗くして言った。 「羨ましいの?」 「……いや」 その気持ちも本当だった。 自分達は「ブレード・チルドレン」 呪われた子供には未来なんてない。その事は自分も十分に理解していた。 「ところで今日は何を買うんだ?」 香介は話を変えた。その動作の自然さに理緒は特に気にする必要はないと分かって合せる。 「洋服とか、小物とかだよ」 「おいおい、そりゃあ、まるで……」 香介は言葉を切った。 すぐに目的の建物が見える。 二人はそのままデパートの入り口に入った。 理緒も言葉を切った香介を気にする様子はない。 (まるで、恋人同士じゃねぇか) ついさっき否定した事を言うのははばかられた。 既に二時間が経過していた。 香介は最初は口出ししていたが疲れたために立つだけになった。 (時間かけ過ぎだぞ。だかが洋服だろ) 視線を向けると理緒はまだ着替えルームの中だ。 何度かカーテンを開いて香介に来た服を見せている。 香介自身、さほどセンスは悪くないので理緒の選んでいる服の良さが分かっていた。 だから何度もそれでいいじゃないか、と言っている。 「こーすけ君。これ良くない?」 そう言ってカーテンから姿を現したのは何回目だろう。 「だから、良いって言ってるだろ? お前が着る物なんだからお前がいいやつにしろ」 「だって、私あまり服って買わないんだもん」 (そりゃあ、俺だってかわねぇよ) 結局理緒はそれから一時間後に何着か買ってその場を後にした。 「疲れた〜」 「それは俺のセリフだ」 香介と理緒はデパートを出てしばらく歩いた。 理緒は買った服の入った袋を揺らしながら歩いている。 その顔は嬉しそうだ。 「新しい服を買うのがそんなに嬉しいか?」 「嬉しいよ〜。だっておしゃれするの楽しいもん」 理緒は鼻歌まで歌い出した。香介はまたため息を吐く。 (本当に、普通の女の子なんだがなぁ) 「このハンバーガーおいしいねぇ」 理緒は香介の目の前ではぐはぐとバーガーをかじっていた。 自分達の座ってる席を過ぎていく何人かの男が、理緒を振り返り見た。 (以外と人気があるんだな) その視線の中にある好奇を見て取った。 この男達は自分と理緒をどのようにみているのだろう? 普通のアベックに見えるだろうか? それとも兄妹か? どちらにしてもそこら辺にいる普通の男女としか認識していないだろう。 いつでも人殺しができる、する覚悟がある人間には見えはしないだろう。 (たまにはいいんじゃないか。こういうのも) いつか贖いの時を迎えなければならない自分ら「ブレード・チルドレン」 でも人並みの幸せをほんの一時でも肯定してはいけないのだろうか? 「そうだよ」 理緒の言葉に香介は息をのんだ。 「私達は普通の幸せを望めない。そんなの分かってるでしょ?」 「……でもお前はそれを望んだんじゃないのか?」 理緒は平然とした顔で香介を見返している。 「だから今日、買い物に付き合わせたんじゃないのか?」 「……」 「普通の女の子の暮らしをしてみたかったから、誘ったんじゃないのか? 俺を」 「それを望むなら、もっとカッコイイ人を誘うよ」 理緒の声に動揺はなかった。 香介は微妙に傷つきながらもなんとか言葉を出す。 「じゃ、じゃあ何で……」 「きゃあ!」 悲鳴がした。 香介が視線を向けると店員が客に銃を突き付けられている。 「店内の奴等! おとなしくしろ!!」 銃を持った男は銃を天井に向けて発砲した。 空気を伝わる衝撃に店内の客は縮み上がった。 「はあ。困ったもんだな理――」 理緒に視線を向けて香介は驚いた。 いつのまにか理緒の姿は消えていた。 「なんだ! お前は!!」 銃を持った男に視線を返すと、男の目の前に理緒の姿が。 「何か言え――」 男の銃が理緒を向いたその瞬間。 理緒の手が霞んで銃に軽い衝撃が走る。 「な、何かしたのか!?」 錯乱した男は慌てて銃の引き金を引こうとする。 他の客の悲鳴が上がった。 しかし、銃声の代わりに鳴ったのは引き金の音しかなかった。 「な、くそ!! なんで引かさんない!!」 引き金は少し引いてから動かない。 「安全装置を切ってからじゃないと動かないよ」 理緒がそう言ってから、男の視界から消え去った。 次の瞬間におとずれる衝撃に男はうずくまった。 「ぐ、は……」 「あの馬鹿」 香介は頭に手を当ててからすばやく立ち上がり、理緒の所に向かった。 手を取ってすぐさま外に連れ出す。 「こ、こーすけ君。早いよ〜」 「馬鹿野郎。目立つなよ!」 二人は人込みの中を速度を落とさずに駆け抜けた。 「一瞬で安全装置をかけるなんて、流石だな」 香介は公園のベンチに座る理緒に飲み物を差し出した。 理緒はため息を吐いてから口をつける。 「でも理緒……」 「分かってるよ」 理緒は香介の言葉を遮った。 缶を持った手が微かに震えている。 「……怖かったんだな」 「不思議だよね。私達は「ブレード・チルドレン」なのに。人殺しなのに」 悲しげに言う理緒の頭を香介は叩いた。 「はう〜。い、痛いよ、こーすけ君〜」 頭を押さえて涙目になって理緒は香介を見上げる。 「何言ってんだよ。人殺しでもなぁ、怖がって当たり前なんだよ」 香介は理緒の気弱な瞳がなんとなく許せなかった。 だからこそ、ここまで怒りが湧きあがってくるんだろう。 「そんなに弱気になるな。お前がいつも言ってるんだろうが! 『自分を信じられない奴は運命に押しつぶされる』ってよ。 弱い所があるのも認めろよ。だからこそより強くなれるんだぜ」 香介はそう言ってから理緒に背を向けた。 そう言って手で頬をかく。顔が赤い所をみるとやはり恥ずかしかったのか。 「……ありがとう。こーすけ君」 理緒はベンチから立ち上がって歩き出した。 その後ろを香介がついていく。 「仲間だからな。仲間を励ますのは当然だろ」 「こーすけ君に励まされるなんて不覚」 「……お前なぁ」 そんな会話をしながら二人は歩いていった。 もともとこんな会話しかしていないのだ。 自分が何かを言って、それに理緒が突っ込みを入れる。 それでいいのだ。 それが『理緒らしさ』なのだから。 (結局今日の理由は聞けなかったが……俺も楽しめたから、いいな) 香介はそう思いつつ、京子との用事をすっぽかした言い訳を考えていた。 気持ちは沈みがちだったが、心は晴れやかだった。 『ある男女の一日』終わり