『ラブストーリーは突然に!?』









「鳴海さん。私の彼氏になってください」



「……何言ってんだ?」



 鳴海歩は突然の言葉に硬直して見ていた料理雑誌を落とした。



 いつも放課後になると居座っている新聞部室。



 いつものように二人しかいない。



 しかしいつもとは違う展開だった。



「だから、私の彼氏になってください」



 そう言ってきてるのは結崎ひよのだ。



 歩よりも一つ年上のわりには同学年のような感じを受ける少女。



「……新手の嫌がらせか?」



「どうしてそんな事言うんですか! 私は真剣なんですよ!」



 ひよのは不満を顔一杯に表現しながら歩を睨む。



 歩は自分が何か悪い事をしているのか? とよく分からない罪悪感に苛まれる。



「私の危機を救うためにも、協力してください!」



「……へ?」



 歩は目を点にすることしか出来なかった。

















「……んで、その男を諦めさせるために俺に彼氏を演じろって事か」



「そうです」



 そう言いながら二人は遊園地の入り口に来ていた。



 あの時の話の内容を説明すると――



 ひよのに猛烈なアプローチをかけてくる同学年の男がいた。



 そしてひよのがいくら断っても諦めないで告白してくるそうだ。



 そこでひよのは言った。



『私には他に好きな人がいるんです』



 苦し紛れの言葉だったが男はそれを簡単に信じた。そして誰だ、と追及してきた。



 ひよのは後には引けず、歩の名前を出してしまう。



 歩は前に学園で起きた殺人事件を解決したとして学園内では有名人だった。



 そしていつもひよのが一緒にいるのも知られている。



 だが男はまだ諦められなかったのだ。



『なら、ひよのさんがその鳴海とか言う奴とラブラブだったら、もう諦めます』



 こうしてひよのの一言からこういう事態になったのだった。



「まったく。めんどくさいな」



「あら、いつも助けてあげてるんですから、たまには助けてくださいよ」



 ひよのはそう言って歩の手を取った。



 歩は驚いて慌てて振りほどこうとする。



「駄目ですよ、鳴海さん。何処で見てるか分からないんですから」



「……ストーカーかよ、そいつ」



 歩はひよのに握られた手が気になって仕方がない。



 ひよのは困った顔の歩を見て笑みを浮かべると更に腕を取った。



「うわ! あんた……」



「あんた、じゃないですよ。歩君」



「……は?」



「今日は一日、恋人同士なんですから。あんたじゃなくて、ひよの。です」



 歩は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。



 いくら年に似合わぬ推理力と落ち着きを兼ね備えているとはいえ、歩も高校生だ。



 ほぼ同世代の女の子に腕を抱かれては照れが入る。



「さあ、行きましょう」



「……分かったよ」



 歩はそのままひよのに引っ張られる形で遊園地の中に足を踏み入れた。

















「最初はここです」



 ひよのが連れてきたのはお化け屋敷だった。



「カップルが入る定番ですよ」



「何が定番だよ」



 歩は呆れたように息を吐き出す。



 二人はお化け屋敷の中に足を踏み入れた。



 暗闇を手をつないで二人は進む。



(よく出来てるな、このお化け屋敷)



 歩は特に怖がりもせず、歩いていた。



 内装をじっくり見てみる。



 細かい所にも手入れが行き届いていてお化け屋敷のレベルとしては高いほうだろう。



「きゃあ!」



 考えながら歩いていた歩は悲鳴を上げて抱きついてきたひよのに押されてよろめいた。



「な、なにするんだ!?」



「ご、ごめんなさい……。いきなり飛び出してきたんです……」



 視線を移すと顔から血を流した女の人形が飛び出している。



「こんなのに驚くなんてあんたも意外と小心者だな」



「わ、私は驚かされるのに慣れてないんです。あと、あんたじゃなくてひよの、です」



「分かった分かった」



 歩は気だるげに呟いて先に進んだ。



「あ、待ってくださいよ。鳴海……じゃなくて、歩君!」



 ひよのも慌てて後を追った。















「んで、次がこれか」



 悲鳴が空から聞こえる。



 見上げたところを猛スピードで過ぎていく絶叫マシン。



「前からこれ、乗りたかったんですよ。でも友達と来てもみんな怖がっちゃって」



 ひよのは楽しそうだ。



 先ほどお化け屋敷で悲鳴を上げたとは思えない。



「これは最初からこういうもんだって分かってるから平気なんですよ」



 歩は自分の思考が当てられた事に少なからず動揺した。



「動揺しました? これでも結構長い時間、鳴海……歩君と一緒にいるんですよ。少しは考えている事、分かります」



 ひよのは歩の手を取って長い列の後ろに並んだ。



「……ところで、その男は俺達を見てるのか?」



 歩の問にひよのは一瞬ぼーっとした顔になったがすぐに気づいたように言葉を連ねる。



「えーっと、見てますよ、多分。あの人、気づかれないように私達の事見てるって言っていましたし……」



「なるほどな。じゃあ、恋人らしくみせないとな」



「え!?」



 歩の予想外の言葉にひよのは顔を赤くした。



 歩はしてやったりと言った顔でひよのを見ると小さく呟く。



「冗談だ」



「……なる……歩君」



 ひよのは目を光らせているが歩は気にしない。



「お? 列が進んだぞ。早く行こうぜ」



「わ、分かってますよ」



 こうして二人は絶叫マシンに乗り込んだ。



 その後、しばらく歩は行動不能になった。















「今日は楽しかったですね」



 観覧車から見る夕焼けを見ながらひよのは歩に言った。



 真正面に座る歩は視線を窓の外に向けていてひよのの方を見ない。



「歩君?」



 ひよのが不思議そうに声をかける。



「嘘だろ? 告白されたって男」



「……はい」



 ひよのはあっさりと自分の嘘を認めた。



 別に以外でも何でもなかったようでひよのは言葉を続ける。



「悪い冗談でしたね。謝ります」



「別に、気にするな」



 歩は相変わらず顔を外に向けている。



 夕日が顔に当たって赤く染まっていた。



「俺も、結構楽しめたからな」



「え?」



 歩の呟きはひよのの耳には届かなかった。



 ひよのの眼に映った歩の頬は、夕日の色とは違った朱が差していた気がした。



 やがて観覧車が下に着き、二人は遊園地を出た。



「さーて、今日の晩飯何にするかな……」



 歩は背伸びをしながらそんな事を呟いている。



 隣を歩くひよのは歩の顔をまだ見ていた。



「? 俺の顔に何かついてるか?」



「……いいえ」



「ふーん。まあいいや」



 やがて分かれ道になり二人は離れる。



「それでは鳴海さん。また明日」



 ひよのが言うと歩は振り返って言った。



 その顔は普段の歩を知っていれば絶対信じられないような、そんな穏やかな笑み。



「ああ。じゃあな、ひよの」



「……鳴海さん!?」



 ひよのは自分の頬が上気してくるのが分かった。



 歩はひよのの顔を見て悪戯を成功させた子供のような笑顔になってから背を向ける。



「俺を騙したお返しだ」



 歩はそのまま振り返る事はなかった。ひよのは歩の姿が消えるまでその場に立っていた。



(……たまには、いいですよね。こんな思いをするのも)



 ひよのは鼻歌を歌いながら家路に着いた。



 空は晴れている。



 明日も晴れそうだ、とひよのは思った。













『ラブストーリーは突然に!?』完