アイズは一心不乱にピアノを弾いていた。

 何もかもを忘れて弾きたい気分になったのだ。

 いつもは過酷な運命に対抗する男として弱さを見せないアイズだったが、それでもどこ

かで弱さを吐き出したいと思うこともあった。

 その時に、彼はピアノを弾く。

 ピアノは自分に生きる希望を与えてくれる気がしていた。

 最後の一音を弾き終ったとき、拍手が部屋に響き渡った。アイズは曲の終わりごろから

相手の存在に気付いていたからか、特に慌てず椅子から立ち上がった。



「ありがとう」

「流石だね〜。アイズ君」



 同じブレードチルドレンの竹内理緒は顔を紅潮させてアイズの演奏を褒め称えた。

 アイズもかすかに笑みを浮かべながら台所に向かった。



「コーヒーでいいか?」

「あ、わたしがやるのに!」

「いいから座っていろ。客人に飲み物を出すのは当然のことだ」



 アイズの言葉に素直に従い、理緒は椅子に座ってコーヒーメーカーを使っているアイズ

を見ていた。

 自分に注がれる熱い視線にアイズは思わず理緒を見ていた。



「なんだ?」



 理緒は顔を赤らめながらも自分の中にある言葉を紡いだ。



「やっぱりアイズ君は綺麗だなと思って」

「……どう返せばいいんだ」



 アイズは困ったように眉をひそめたが、返事を理緒が期待していないことを悟るとコー

ヒーに集中した。奇妙な沈黙が空間に流れる。いつもとどこか違う雰囲気にアイズは戸惑

った。



「どうしたんだ、リオ。いつもと違うぞ」



 アイズの問いかけに理緒は更にいつもと違うリアクションを見せた。顔を赤くして俯い

てしまった。困惑しつつもアイズはコーヒーができると理緒の分も入れ、椅子に座る。



「アイズ君、前と雰囲気が大分変わったなぁと思って」

「そうか」



 アイズ自身、そんな事はないと思ったが、理緒から見てそう見えることに態々異論を唱

える必要はないだろう。コーヒーに口をつけると理緒は顔を緩ませて呟く。



「はう〜。美味しいね、このコーヒー」

「ありがとう」



 コーヒーを飲み終えた二人はしばらく無言だった。アイズとしては理緒がここに来た理

由を聞きたかったのだが、それを口に出す雰囲気ではなかった。仕方がなく黙っていたア

イズだったが、流石に十分も黙っていると限界が訪れた。



「……で、今日は何の用なんだ?」

「うん。実は明日パーティを開こうと思うんだ」

「パーティ?」

「そう。カノン君も戻ってきたし、まだ私達のことは何も解決してないけど、今まで生き

てこれたことと、これからの英気を養うために、みんなでパーティを開こうって決まった

の」

「……そうか」



 前のアイズならば、そんなパーティなど参加する気にはならなかっただろう。だが、今

の自分が、以前と比べて運命を悲観的に捉えてはいないことは気付いていた。それもあの

鳴海歩のおかげだとも分かっていた。だからこそ、アイズは答えた。



「分かった。明日の何時だ?」

「うん! 明日の午後六時から弟さんの家だよ」

「ナルミアユムの?」



 それは流石に予想しておらず、アイズは驚きを隠せなかった。理緒はしてやったりと言

った表情でアイズを見る。



「うん。弟さん、快く部屋を貸してくれたよ。後ろでひよのさんが手帳広げてた気がする

けど……料理も弟さんだし、きっと楽しいパーティになるよ!」

「そうか」



 それから数十分ほど会話をして、理緒は帰っていった。アイズは窓から外を眺め、思う。



(いつの間にか、俺にはこんなにも家族が増えていたんだな、カノン)



 昔、家族はカノンだけだった。

 ブレード・チルドレンの呪いに怯えながら生きていく中で、カノンの存在が支えだった。

 しかし、今は違う。

 仲間の『体温』が確かに感じられる。

 暖かく自分を包む、ぬるま湯の中にいるような心地よさが。

 もうピアノに全てをぶつける必要はないのだろう。

 仲間と共に、運命に立ち向かうことができるのだから。



「さあ、何を着ていくかな」



 アイズは明日のパーティに行く服を選び始めた。

 自分に触れる仲間達の『体温』を感じながら。





『完』