鳴海歩は新聞部室の掃除をしていた。相変わらずひよのに手帳を出されると弱くなる歩

だが、最近は諦めている。カノンとの戦いで見せたひよのの強さに逆らわないほうが無難

だと知ったから。

 今回は掃除することが嫌いではないのでそこまで嫌ではないが。

 今、ひよのは掃除をしている歩に差し入れをと、近所のコンビニまで買い物に行ってい

た。

「後はここをすれば……」 

 と歩はハタキをもって本棚の前に立った。様々な蔵書がある本棚を見て、どこでこんな

物を手に入れてくるのかと思考にふける。しかしすぐに『学長を脅す』という結論に辿り

着き、歩は掃除を再開した。と、その時一つのファイルが目に入った。

「……新聞か」

 それは今まで新聞部が発行してきた新聞を集めたものだった。過去にこの新聞部が存在

していたという事実に驚きつつ、歩は過去の記事に興味を持った。そして掃除を中断して

ファイルを取り出す。

 最も古い新聞は……十年前。

「意外と古いんだな……」

 この新聞部がちゃんと歴史を持っている事に歩は感心し、中身を読んでいく。一面の見

出しは大きくこう書かれていた。





『金色のザリガニ、ついに発見!』





「いきなりアホ記事かよ……」

 明らかに嘘な見出しに惹かれつつ、歩は中を読む。





『近所にする豊田ウメさん(66歳)が近所の川をドブさらいしていたところ、金色のザリ

ガニがどんぶらこっこどんぶらこっこと流れてくるのを発見。ウメさんは慌てて捕まえた

がザリガニは腕を残して逃走。結局、写真の腕だけがウメさんに残された』





 記事と共に写真が一枚。

 しかし、白黒のために金色かどうかも分からない。

「やっぱり嘘じゃないか」

 裏面をめくると次の記事が。





『金色のザリガニ! やはり嘘!』





「表に一緒に書けよ!」

 思わず突っ込んだ歩だが、しょうがなく記事を読む。何か得たいの知れない力が働いて

いるのか読まずにはいられない。これがこの新聞の狙いかもしれない。





『金色のザリガニは嘘だった。新聞部スタッフはウメさんに話を聞いたところ、悪びれも

なく「だって寂しかったんだもん(はあと)」とおっしゃった。しょうがないので僕等は

ウメさんの話を聞いてあげた。ウメさんは三人の息子さんと四人の娘さんと五人の父親が

違う息子さんと六人の父親が違う娘さんがいた。全部で何人?』





「どれだけいるんだ!? 後半はかなり問題だろ! しかもいきなりクイズ!?」

 いつもクールな歩だが、この新聞のあまりの馬鹿らしさに冷静さを失い、突っ込んでし

まう。いつの間にか歩は冷たい汗を掻いてしまっていた。

「……なんて恐ろしい新聞だ」

 歩は新聞をめくり、今度は四年程前の新聞を見た。見出しはこう書かれていた。





『豊田ウメさんついに死去。葬式参加人数二人!』





「って、このネタまだ続いていたのか!?」





『新聞部発足以来「ウメ」の愛称でしたしまれてきた豊田ウメ(享年71歳、実年齢81歳)

が肺炎のため死去した。葬式にはよく買い物に行っていた店の店長の秋田小町さん(50歳)

とその店で万引きをしたウメさんをよく捕まえていた警官の中西ジョーさん(33歳)の二

人が訪れていた。お二人にコメントを聞いたところ、小町さんは「結局借金をチャラにさ

れてしまった」

 ジョーさんは「もう捕まえることないんだな。まあ手間が減っていいけど」とウメさん

が非常に愛されていたことが分かります。遺骨は隅田川に骨壷ごと流されるそうで流れて

海に出るかどうか心配ですが、ご冥福をお祈りします』





「……ウメさん、年齢ごまかしすぎ」

 突込みどころ満載だったが、とりあえず歩は一箇所だけ突っ込みを入れて次の新聞に移

った。今度は歩が入る一年前。つまり、ひよのが一年生の時の新聞部が発行した新聞だ。

「あいつ、真面目に新聞作ってたのか……」

 変わらずに一面を見ると、そこには画面の半分を占める大きさでこう書かれていた。





『豊田ウメさん、実は他殺だった! 犯人逮捕!!』





 何かスポーツ新聞の見出しのようになっているが、構わず歩は中を読む。殺人事件とい

う言葉に引かれたからだ。





『当新聞部員である結崎ひよの(16)が豊田ウメさん(享年81)の死因に疑問を持ち独自に調

査。そしてついにウメさんが自然死ではなく他殺である証拠を掴み、当時葬式に訪れた警

官の中西ジョーさん(35)を犯人と断定。ジョーはそのまま警察に自首。三年目の真実だっ

た。これでウメさんも天国にいけるだろう。さようなら、ウメさん。地獄でも元気で』





 歩は新聞を机の上に置くとため息をついた。ひよのは一年前から変わっていない。自分

の情報収集能力を駆使してこうして過去の事件を解決していた。

 歴史を感じる。

(あいつの情報網は更に広がってるんだろうな……)

 時は流れる。そしてひよのの情報網は時間と共に肥大化し、国を動かせるまでいくかも

しれない。歩は身震いして掃除を再開した。逆らうのは絶対無謀だと知ったからだ。

「ただいまです〜。お! 鳴海さん、凄く綺麗にしてくれてましたね!」

 ひよのがコンビニの袋を手に入ってきたと同時に、歩は本棚の掃除をし終えた。ひよの

は満面の笑みを浮かべて机の上に買ってきたお菓子を並べる。

「さあ、仕事の後のお楽しみですよ〜」

「あんたはなにもやってないだろ」

 歩はそう言いつつも座ってお菓子を食べ始める。その時、ひよのが過去の新聞が出され

ていることに気付いた。

「あら、鳴海さん。過去の新聞を読んだんですか?」

「ああ。あんたもたいしたもんだな。病死を殺人事件と断定して見事犯人を見つけるんだ

から」

 そう言われてひよのはしばらく考えたあと、ようやく合点がいったというように手をぽ

ん、と叩いた。

「あー、あのウメさんの事件ですね」

「でも、どうやって病死じゃないと思ったんだ? 捜査をするにもきっかけっていうもの

があるだろ?」

 歩の疑問にひよのは平然と、こう答えた。

















「病死だとつまらないなと思いまして」















 やはり逆らわないほうがいいと思う歩だった。

 



『完』