「おーい、理緒〜。いるのか? 鍵あいてるから勝手に入るぞ〜」

 浅月香介は仲間である竹内理緒の部屋に来ていた。呼ばれたにも関わらずチャイムを鳴

らしても理緒は出てこなかった。結局、香介は鍵のかかっていないドアを開けて中に入る。

 中には人の気配がなかった。しかし靴はある。

 つまりは、理緒は部屋の中にいるはずなのである。

「おーい理緒〜」

 香介が部屋の中に入ると、そこには床に寝ている理緒がいた。テーブルの上には知恵の

輪がいくつも転がっており、香介には理緒が自分を待っている間に智恵の輪を前に悪戦苦

闘している光景が目に浮かんでいた。

(こうしていると、本当、普通の女の子なんだがなぁ……)

 手を赤ん坊のように軽く握りながら頭付近に置いて、気持ち良さそうに寝ている理緒。

 はっきり言って、かなり可愛かった。

 胸の動悸が早まることを、香介は自覚した。

「ったく……可愛いんだよ」

 言うと香介は顔を理緒に近づけた。そのまま唇を額へと――

「何やってるの? こーすけくん」

 目線の下から理緒の声がする。香介はどうしていいか分からずに体を硬直させた。徐々

に視線を下げていき、理緒の顔を見る。見えた時の理緒の顔は頬を赤らめ、目を潤ませて

いた。

「あ、いや、これはその!! 出来心で!!」

「別にわたしはいいよ〜」

 慌てていた香介だったが、理緒の様子がおかしいことにはすぐ気付いた。理緒の額に手

を当てると掌から熱が伝わってくる。

「こんな熱でてるならとっとと寝ろ!!」

 香介は理緒を抱き上げてベットに寝かせた。冷蔵庫をあさり、氷を袋に詰めると理緒の

額に当てる。

「はう〜つめたいよ〜」

「しょうがない奴だな……」

 香介は理緒の頭を撫でながらため息をつく。しかし言葉とは裏腹に顔は穏やかに、理緒

を見つめる香介。

「俺は兄貴だからな。妹には手を出せないよ」

 香介は熱を持つ額に当てていた氷を外して軽くキスをした。理緒は気付かずに寝たまま

だったため、香介は照れて頬を掻きながらも立ち上がった。そして、極力足音を立てずに

部屋から出ていく。部屋の中に静寂が訪れた。





「ふあ〜。なんか知らんが、疲れたな……」

 香介は亮子の家に帰ってきていた。亮子の両親が仕事でいないためにほぼ居候の状態だ。

昔から幼馴染みとして育った二人のため、特に気兼ねなどしていない。

 香介はそのまま居間で横になった。眠気のためにぼんやりとした視界に熱に浮かされた

理緒の顔が浮かぶ。その可愛らしさにくらっときつつも、何とか理性を保とうとする香介。

(あー、なんで兄妹なんだろな……)

 自分の、ブレードチルドレンの運命をいつもとは別の意味で呪いつつ、香介は眠りにつ

いた。そして眠りについた香介をドアを半開きにして見つめる一つの影があった。

(寝たみたいだね)

 確信し、居間に入ってきたのは家の主である高町亮子だった。心なしか顔を赤くしつつ、

亮子は香介に近づく。

(お菓子に入れた眠り薬がここまで効くとはね……でも、これでかねてからの計画を実行

できる!)

 亮子は笑い出しそうになるのを抑えて、香介に近づいた。その寝顔をじっくりと上から

見る。すると突然、亮子の胸が高鳴った。

(馬鹿! 香介の寝顔にこんなに興奮するなんて……)

 自分に毒づいてみるも仕方がなく、亮子が香介に惹かれているのは明らかだった。だか

らこそ、以前から眠っている香介にキスをしてみたかったのだ。

「香介……」

 呟きながら亮子は香介に唇を近づける。そして、ほぼゼロ距離になったとき!

「亮子……」

 香介が起きたのかと、亮子は動きを止めた。しかしそれ以降の動きがないことを見ると

亮子は続けようと体勢を立て直す。その時、香介の口が言葉を紡いだ。

「……最近、太ったんじゃないのか〜」

 プチ

 何かが、亮子の中の何かが切れた音がした。





「ふわ……よく寝た……」

 香介はだるい体を伸ばして覚醒させつつ、起き上がった。すでに辺りは暗く、窓にはカ

ーテンが引かれている。眠い目を擦りつつ、香介は洗面所に向かった。そして明かりをつ

けて鏡を見た。

「――なんじゃこりゃあああああああ!!!」

 香介の絶叫が響き渡る。

 すぐに顔を洗い、何度も何度も顔を擦る。しかし、それは消えずに額に燦然と輝いてい

た。香介は絶望感に膝を折る。

「これじゃ……外を出歩けん」

 額に書かれた『肉』の字を抑えつつ、香介は泣いた。

 声を押し殺して、肩を震わせながら泣いた。



 教訓:

 いねむりは事故の元。



『完』