鳴海歩はふと立ち止まりガラスに映った光景を見ていた。正確にはガラスの向こう側に

ある光景に目を奪われていた。そこには自分の知っている人物二人がテーブルを挟んで座

っていたからだ。

「何やってるんだ……?」

 歩は背筋に寒気を覚えてそこから一刻も早く退散しようと心に決めた。しかし、一瞬の

差だった。

《あ! 鳴海さん!!》

《弟さん!!》

 硝子越しに女性二人が叫ぶ。それは歩も確かに知っていた二人。

 結崎ひよのと竹内理緒。

 最も関わりたくない二人だった。

「じゃ、そういうことで」

 きびきびと片手を挙げてその場からは離れようとする歩だったが、入り口まで歩いたと

ころでドアを開けたひよのに行く手をふさがれてしまった。

「どこにいくんですかぁ、鳴海さん? 可愛い女子二人があなたを呼んでいるというのに」

「本当にすまない。今日は【哲! この部屋】が双子特集をするんだ。珍しいだろ? 双

子だぞ? 面白いと思わないか」

「いいから中に入ってください」

「はい」

 手帳を瞬時に取り出したひよのをみて反論する気さえ奪われた歩は店の中に入った。そ

こは歩の耳にも入ってきていた最近評判のファミリーレストランだ。クラスの女子がこの

店のデザートが美味しいと言っていたことを歩は思い出す。

 名前を見ると華をあしらった看板に『桃華堂』と書かれていた。

「こんにちは、歩さん」

「理緒さん! いきなり名前呼びとは何事です!?」

「いいじゃないですか。いつまでも弟さんでは失礼です。歩さんは清隆様を越える人です

から」

 その語尾には明らかにうっとりとした感じが含まれている。ひよのは目を吊り上げて殺

気を放ち、理緒はそれを意にも介さず歩を見ていた。歩はと言えば――

(早く帰りたい)

 その一心だった。

「……それにしても二人してどうしてそんなに殺気立ってるんだ?」

「それはわたしが説明しましょう」

 そう言ってひよのは事の顛末を説明し始めた。

「事の起こりはこの店にある噂から始まりました」

「噂?」

「はい。この店、最近できてデザートの美味しさから評判になりました。そしてそこで仲

の良い数人のグループが同じデザートを食べたとき! 恐ろしいことが起こったんです!」

「……恐ろしいこと?」

「はい。それは五人のグループだったんですが、わたしのとうちょ――げふげふがぁ!!

……んっんん! 集めた情報によりますとグループ内で両思いが二組あったわけです」

「最後の一人が可哀想だな」

「あまり物はほっておいてですね。そのデザートを食べて一週間以内で二組カップルが誕

生したんです! そんな事例がこの半月で十五件確認されています」

「前から疑問なんだが、どこからそんな情報を?」

「わたし専用の――いえ、なんでもありません」

「それでわたしとひよのさんとで、ある勝負をすることになったんですよ」

 ひよのの話が終わったタイミングを見計らって理緒が言葉を発してきた。ひよのは何か

を言おうとしたが歩に止められる。

「どんな勝負なんだ?」

 歩は嫌な予感が全身を駆け巡った。そんな歩の思いを知らずに理緒は続ける。

「わたしとひよのさんでそのデザートを食べて、何も知らない歩さんをここに導き、同じ

デザートを食べさせるんです。それで歩さんをGET’S! しようかと」

 理緒は二丁拳銃を撃つように指を歩に向けた。その仕草は他人から見れば可愛く映り、

とりこになっていただろう。しかし歩はその中に潜む本性を知っている。

(おんなは怖い……)

 歩は一刻も早くこの場所から逃げたかった。明らかに嘘な噂を信じて二人がそのデザー

トを食べた時、自分ももちろん食べさせられるだろう。そして二人のどちらかと付き合わ

なかった場合、他に好きな人がいるのかと追求されかねない。

 今すべきことはデザートをいかにしで自分が一週間以内に食べないようにするかだ。

「すまん。俺、今ダイエット中なんだよ」

「ウェイトレスさん、ジャンボストロベリーパフェデラックス三人分で」

「料金は歩さん持ちで」

「なんで!?」

 歩は抗議の声を上げるが正面の理緒、そして隣のひよのの圧力により椅子に座らされ、

黙ってデザートを待つことになる。

「それにしても理緒さん、かつて鳴海さんを殺そうとしていたのに、今は泥棒猫に早変わ

りですか。油断も隙もあったもんじゃありませんね」

「何言ってるの? 歩さんはあなたのものじゃないでしょ? これからわたしの歩さんに

なるんだからね」

「はぁ〜。分かってませんね〜。鳴海さんとわたしの間の太〜い紅い糸を! 直径五メー

トルはあります」

「てぃ! 今切ったので無しです」

(何なんだよ。ストロベリーを食べるのに、どうしてこの場はストロベリィトークじゃな

いんだ?)

 歩の心配を他所に、ひよのと理緒はにらみ合いを続けている。歩のストレスが最高潮に

達する寸前にウェイトレスの甲高い声が聞こえた。

「はい! ジャンボストロベリーパフェデラックス三人分でーす!」

 声と共にテーブルの上には普通のパフェの三倍はあろうかという巨大なパフェが現れた。

 その量に歩はもちろん、ひよのと理緒も喉を鳴らす。流石に食べられたものではない。

 しかし言い出しっぺの二人は汗を流しながらもスプーンを手に握っている。スプーンの

先はかすかに握っていた。

「た、食べ応えがありますね……」

「確かに……」

「二人とも、手が止まってるぞ」

 歩は二人を即しつつ、平然と食べていた。スプーンがパフェを掬い取っていく速さに二

人は顔を青ざめさせている。

「鳴海さん……どうしてそんなに早く食べられるんですか?」

「まあ、美味しいからな」

 その一言で片付けて、歩は食べるのを再開する。その歩に触発されるように二人は食べ

始めた。何かを話す余裕もなく、何か異様な雰囲気がテーブルを包む。

 そして――異変は十分後に訪れた。

 ガシャン、とスプーンがテーブルの上に落ちる。そしてひよのが突っ伏して動かなくな

った。続いて理緒も体を痙攣させながら崩れ落ちる。驚きを隠せない店員達や客を尻目に

歩はパフェを食べ終えて立ち上がる。もう意識がない二人に伝票を振りながら言う。

「ま、食べきれないならこれは無しだよな」

 店員を呼んで歩は二人の分のパフェも引き上げさせ、二人を置いたままレジに向かい、

お金を支払った。

「あ、一人分でお願いします。残りはあの二人が」

「分かりました」







 次の日、再び歩はひよのと理緒にパフェを食べるよう誘われたが、最後まで逃げ切った。

 そして食べきれない客が多いという理由でジャンボストロベリーパフェデラックスは生

産中止となり、二人の思惑が叶えられる事はなかった。



 そのパフェを食べて付き合ったカップルが長続きしなかったというのはまた別の話。





『完』