「お兄ちゃんはたいようみたいだね」

「なんで?」

 幼い男の子と女の子が公園で遊んでいた。共に砂場で砂山を作っている様子はどこにで

もいる普通の子供に見える。後に「呪われた子供」と呼ばれるにはあまりに普通の子供に。

「だってりょうこ、お兄ちゃんといるのとてもたのしいもん。たいようみたいにかがやい

てるもの、おにいちゃん」

「……ありがと」

 男の子は顔を赤らめて砂山作りを再開した。女の子も後に続いて作る。

 そして時間が来て、帰る時がきても二人は手をつなぎ、共に歩いた。

 男の子の後ろを女の子が。

 それはあたかも太陽と月のように。

 太陽の後ろに隠れるように……。







(なんつー、昔のことを思い出してんだい、あたしは)

 高町亮子は寒さに体を震わせながら立ち上がった。季節は既に秋。運動に疲れて汗をか

いたまま寝るには肌寒い。

「は――くしゅん!」

 案の定、亮子はくしゃみをし鼻を啜った。着ているシャツに染み込んだ汗はすでに冷た

くなっておりすぐに着替えなければ高い確率で風邪を引くだろう。それでも、彼女はしば

らく自分が寝ていた場所を見ていた。

 そこは陸上のトラックだった。

 ついさっきまで亮子は百メートルを走っていたのだ。もう何十本も。

 走るのは好きだった。

 何も考えず、無心でゴールを目指すことが、亮子には心休まる時だった。

 最近では仲間であったカノン・ヒルベルトが月臣学園で事件を起こし、何とか死地を乗

り越えた事もあって陸上がおろそかになっていた。だから亮子はいつも以上に走り、トラ

ックで寝ていたのだ。

 不意に、首筋に冷たい物が当たる。

「ひゃ!?」

 驚いて前に飛びのき、後ろを振り向く。そこには意地の悪い笑みを浮かべた浅月香介が

立っていた。

「驚いたか?」

「……驚いたに決まってんだろ」

「お疲れさん」

 香介はそう言って亮子の首筋に当てたポカリスエットを差し出した。亮子はふん、と鼻

をならして受け取ると、一気に飲む。

「――っぱぁ」

「全く、オーバーワークは駄目だろ。もう二時間も連続で走ってただろ」

「あんた……見てたんだ」

「最初からな」

 香介はトラックに座りこみ、百メートルコースを眺めた。亮子も自然とその場に――香

介の隣に座る。

「……案外、遠いんだな。百メートルって」

 香介はぽつりと呟く。亮子も黙って頷いた。

「あたし、このまま走ってていいのかな?」

 亮子の問いに香介は答えない。その問いが意味するところを知っていたから、簡単には

答えられない。しかし亮子は返答を待たずに続ける。

「カノンのように、いつかあたしもなるんじゃないかと思って……不安なんだ。あいつは

自分の好きなものを自分で壊そうとした。誰かに壊されるくらいならって……なら、あた

しも……自分の大切な物を……」

 亮子の脳裏にさっきみた夢が過ぎる。



 たいよう



 自分を照らしてくれている「たいよう」を自分の手で壊してしまうかもしれない。

 それが、たまらなく辛かった。

「俺が止めてやるよ」

 香介が亮子の手を握り締めた。亮子は体を硬直させて、いつもならば照れと共にはじく

ところを何も動くことが出来ない。

「カノンは俺達が止めた。なら、お前が暴走しても、止められる。俺が……俺達が止める。

俺達は――みんな大切な仲間なんだから」

「香介……」

 亮子の顔が香介に近づく。香介も顔を紅くして硬直している。そして、亮子の顔が――

 ゴン! と大きな音をたてて香介の額へと吸い込まれた。

「――っつ〜!?」

「香介のくせに生意気言ってんじゃないよ」

 亮子は立ち上がり、体をほぐす。ストレッチをしている亮子に額を抑えながら香介は言

った。優しく。

「最後まで走れよ」

「――ああ」

 亮子はタイムウォッチを香介に投げてよこすと百メートルコースのスタートラインへと

軽く走っていった。つまりはタイムを計れということだろう。香介はため息をつきながら

もゴールラインにつき、亮子のスタートを待つ。

 亮子はスタートラインにクラウチングスタートの体勢を取った。その間に脳裏に思いが

過ぎる。

(最後まで走る……悲しい運命しかなくても。今しかできないことをしよう)

 ふと、夢の続きが思い出される。

 自分が見ていた背中。

 香介の背中。

 自分はその時思ったのだ。

 この背中に追いつきたいと。

「まだまだ背中は遠いんだね」

 だから走る。

 走り続ける。

 いつか背中を捕まえるまで。

 自分を照らす太陽に追いつけるまで。

「よーい!! スタート!!」

 香介の声が響く。

 亮子は走り出した。自分が目指す者のもとへ。







「完」