霧間凪はテレビを見ていた。



 夕食後に飲むコーヒーはなかなか美味しく、一口飲んだ時点で台所にいた人物へと声を



かける。



「綺、本当に上手くなったねぇ」



「やだ。凪ったら親父臭いよ〜」



 織機綺はそう言いつつも嬉しそうに顔をほころばせた。凪も軽く笑ってからまたコーヒ



ーを飲む。



「ん?」



 異変に気づいたのはその時だった。



 それは目の前のテレビ。それはいつも見ている番組とは違って、たまたまついていた物だ。



 なにやら昼の番組で見るような司会者が台詞をしゃべっている。



「これは………」



 凪の様子に不自然さを感じたのか綺も食器洗いを終えると凪の横に来た。



「どうした―――の?」



 綺も流石にテレビの前で固まった。



 それはあまりにも突飛な事で、ありえない事だったからだ。



「どうして、あいつが?」



 凪は呆然と呟く。司会者が神妙な声で番組の開始を呟いた。



 



『それでは、今日の出場者を紹介しましょう!』



 



 



『ファイナルアンサーU』



 



 



『今日は高校生大会という事で非常にスタジオが若々しい!』



 みのもんたの言葉にスタジオがどっと沸く。



 実は凪はけっこう彼の番組を見ている。そして意外と好きだったりするのである。



 しかし今の凪はみのもんたのしゃべりを聞いている余裕は無かった。



 こんなに衝撃を受けたのはあの‘死神’との初遭遇以来だ。



『まずは―――谷口正樹!』



 見間違えだと信じたかったが本当だった。



 何故かは知らないが義弟である正樹がテレビに出ているのだ。綺もこれには絶句する。



「綺、あんた知らされてなかったのかい?」



「そ、そ、そう言えば………電話でも何か隠しているようだったけど………」



 どうやら正樹はこうして凪達を驚かせる事が目的だったらしい。



 とりあえず後で一、二発殴る事を誓って凪はテレビを注目する。



 すると更に驚くべき状況があった。



『末真和子、そして宮下籐花!!』



「あいつら………」



 凪は頭を抱えた。



 そう言えばこの頃、学校へは行っておらずしばらくあの二人とは顔を合わせていない。



 道端で会った時は少しよそよそしい感じがしたが………。



「あいつらもか」



 凪が拳を握り締めるのを見て綺は顔を引きつらせた。



(凪は人を騙すのは好きだけど、騙されるのは嫌いなのよね)



「頭蓋に穴が開くのを見てみたくないかい?」



「あ、はじまりますよ」



 綺は自分の考えを読まれた動揺を隠すようにテレビを指差した。そこでは最初の挑戦者



を決める早押しが行われている。



『次の四つのブギーポップを出た順に並べなさい。



@:オーバードライブ A:パラドックス B:ウィキッド C:ミッシング』



 



 ジャラララララララララララン!



 



『では一番最初に正解を出したのは………末真和子!』



 テレビの中で和子は少しの微笑みを浮かべてみのもんたと握手した。



(くうぅ、羨ましい。みのさんと握手、みのさんと握手………)



 凪は悔しそうにまた拳を握る。綺はまた自分が殴られるのかと心配して少し距離を取った。



『では最初の問題』



 そして末真和子の挑戦が始まった。



 



 



 和子は信じられないスピードで解答していく。



 そんなこんなで何もライフラインを使わずに十問目まで来てしまった。



『いやー、凄いですねぇ』



『あ、ありがとうございます』



 和子は多少緊張していたがどこか余裕がある。それは次のみのもんたの言葉からも分かった。



『この末真さんは予選をトップの成績で合格しているんですよ〜』



 スタジオがざわめく。



 和子は顔を赤くして少し下を向いた。元来こんなに一目に晒されるのは苦手なのだ。



 じゃあなぜ出てるんだよ? と凪は心の中で突っ込んでみたが口に出す事はしない。



『では、十一問目!』



 



 ダダドゥン!



 



『サザエさんで、波平の頭の天辺に生えている毛は何本?



@:0本 A:一本 B:日本 C:3本』



『………これは、難しいですね』



『サザエさんは?』



『見た事あるんですけど、波平さんの頭よりもわかめちゃんのパンチラの方が気になっていたので………』



(確かに気になる………ってなんでそんな物を! あとBは明らかに違うだろうが!!)



 凪の苛立ちを他所に和子は悩み続ける。ライフライン、ありますよ。と言うみのもんたの



ささやきも聞こえる。



『なら、オーディエンスで』



「こんなもんで使うなぁ!!」



「ひっ!? 凪、おちついて〜」



 凪は綺の首を掴んで左右に揺らす。言葉を震わせながらも綺は訴える。



 その中でも番組は進み、オーディエンスはA番を選んだ。



和子もそれを信じて正解する。



『次の問題。ドラえもんでジャイ子のペンネームは?



@:クリスティーヌ剛田 A:クリス剛田 B:クリスティ剛田 C:クラリス剛田』



『………フィフティフィフティとテレフォンで』



「馬鹿野郎!!」



「凪ぃ〜!!」



 ソファの前にあったテーブルを正拳突きで破壊する凪を後ろから押さえる綺。



 凪の苛立ちが最高潮に達しているのを他所に和子は残り二つになった選択肢をテレフォン



で聞く。電話に出たのはどこかで見た事のある優男と肌を緑色に染めたピエロだった。



 



『どっちだろうねぇ、仁?』



『これは極めて難しい問題だよ。人間が有史以前から持っている根本的疑問だ』



『へぇ。僕には何の事か分からないけど、仁がそこまで言うなら凄い事なんだろうね?』



『まあ僕としては@番を進めるよ。では健闘を祈る』



『頑張ってね〜』



 



 そして電話は切れた。



 和子は訝しげな表情をしつつも@番を選び、そして正解した。



「そろいもそろって馬鹿野郎どもがぁ!!」



「凪! キャラクターが違うよぉ〜」



 綺の一言にようやく凪は落ち着いてソファに座った。壊れたテーブルの代わりを綺は持



ってきてついでに紅茶も入れる。



 凪は紅茶を一口飲んで気分を落ち着かせた。



『凄いですねぇ。後三問で1000万円ですよ。頑張ってくださいね!』



 みのもんたは笑顔で言う。しかし今の凪には悪魔に見えた。



 やはり人は簡単には信じない方がいいのかもしれない。



 みのもんたは巧みに和子を誘導してライフラインを使いきらせたのだ。



(あの和子でさえ騙すとは………みのさん。やるな!)



 心の中で感嘆しつつ、テレビを注目する。



『では、十三問目! 次の内、テレビ番組なのはどれ?



@:運命のダンダダーン A:運命のダダダダー B:運命のダダンダダーン C:運命のダダダダーン』



 和子の顔が青ざめる。



 全く未知の強敵に出会った戦士のような顔で、必死になって四択を見つめる。



 その形相は凄まじいものだ。



「ていうか、あんたはテレビ見なさすぎだよ」



 凪はうんざりして和子を見た。やはり勉強ばかりでは駄目だ。



 タバコ吸って停学になるくらいじゃないと。



「それは凪だけでしょ」



 呟いた綺を一瞬で床に沈めつつも凪は画面から目を離さない。そして和子は選んだ。



『ファイナルアンサー?』



『ファイナルアンサーで』



 



 ダダドゥン! ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ………



 



 BGMが鳴り、緊迫した雰囲気がスタジオを包む。



 和子が、みのもんたが見つめ合う。そして―――



『残念〜』



 和子は落胆した表情で首を落とした。みのは気の毒そうに顔を歪めながら微かに垣間見



た笑顔。



 凪はテレビ画面越しにそのことに気づいた。



「くぉらあああぁああああ! みの! てめぇは見損なったぞぉ!」



 鈍い音を放って綺を再度殴り倒した凪は怒りのあまり顔を赤くしていた。



『それでは次の挑戦者を選びます。早押し並べ替えクイズ!』



 次の問題を正解したのは―――



『宮下籐花!』



 宮下籐花が硬い表情で挑戦者の場所へと歩いて行く。しかし凪は異変に気づいていた。



 怒り狂った神経が一気に熱を失う。



「あいつ………宮下じゃない」



「?」



 綺は何がなんだか分からないといった顔で凪を見た。だが、凪はそんな視線に気づかな



い程動揺していたのだ。



『こんばんは。緊張していますか?』



『緊張? 発汗機能は通常に動いているよ。まあ、詳しくは分からないな。僕は自動的なんでね』



 凪は思った通りの展開で頭を抱えた。



 こんな非常識な言い回しは奴しかいない。



「ブギー………」



 そして宮下籐花―――いや、ブギーポップの挑戦が始まった。



『次のうち、サザエさんの猫の名前は?



@:タマ A:タラ B:タカ C:タナ』



『オーディエンス』



『え?』



『オーディエンス、だよ。聞こえなかったかい?』



『だって、一問目ですよ?』



『だからどうだと言うんだい? 使うべき物を使う。ただ、それだけじゃないか。そうだろう?』



『は、はい………。ではスタジオの皆さん、お願いします』



 



 テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ………だん!



 



『@が100%………』



『そうかい。では、@のタマで』



『ファイナル―――』



『ファイナルアンサー』



『正解』



 



「あ、あの………凪………。お願いだからわたしの頭を歪めるのは止めてくれない?」



「あの常識無しの死神がぁ………」



 凪は綺の頭を放り出して改めて画面を見る。



(それにしてもどうして奴が? まさか、世界の危機ってのが、あのスタジオに?)



 と凪は真面目に考えようとして止めた。



 どうせ宮下の精神が緊張に耐え切れずにブギーポップと入れ替わってしまったと言う所だろう。



「このままじゃ、俺の周りは馬鹿ばっかりだと言われてしまうぞ………」



 凪は心底嫌そうに呟いた。



『では次の問題。



次の内で果物ではないものは?



@:レモン A:スイカ B:りんご C:みかん』



『フィフティフィフティを』



『えっ!?』



『何を驚いているんだい?』



『だって、二問―――』



『使うべき物を使っているんだ。そうだろう? そう思うだろう? 君も』



『それじゃス○ライドですよ………』



 綺は心配になって隣の凪を見る。



 凪は眼を閉じていた。



 もう見るのも耐えがたいという事なのだろう。とりあえず自分の生命の危機は脱したようで



安堵の溜息をつく。



『それでは、コンピューターが解答を絞ります!』



 効果音と共に二つが減る。残りはみかんとスイカ。



『テレフォン』



『………分かりました。もしもし?』



 みのもんたが何かを言おうとしたが、止めて電話に切り替える。綺も凪も気持ちは充分に分



かったが番組は非常にも続いていく。



『もしもし』



 声を聞いて凪は眼を開けた。やはりどこかで聞いた事のある声。



 だが、以前聞いた時と比べて何かが違う。



「田中志郎じゃないか」



 名前を思い出して呟く。



 深陽学園で起こった‘マンティコア事件’でマンティコアに止めを刺した男。



『あなたはどなたですか?』



 すると田中志郎は笑みを浮かべて言った。



『我が名は歪曲王。人の中の歪みに君臨するもの』



 凪はその意味が分からなかったが、とりあえずブギーポップと同次元のものなんだろうと



決めて脱力した。



 みのもすでに疑問を投げかける力も無いのかそのまま進めている。



『それでは宮下さんに答えを教えてあげてください』



『やあ歪曲王。元気だったかい? 今日は君に協力してほしい事があるんだ』



『ブギーポップか。お前には借りがあったな。だがまあ、昔の事は忘れてやるさ。なんだ?』



『野菜じゃないのはスイカとみかん、どちらだい?』



『この一日は永遠に続くだろう。あなたがそう望みさえすれば』



 それはいきなりだった。



 田中志郎―――歪曲王と繋がっていたテレビ電話が切れたのだ。



 みのもんたもスタジオの客も何も言えない。何が起こったのかも分からない。



(分からないから逃げたんだな)



 凪はやけに冷静に事態を把握した。そしてこんなので視聴率が取れるのか、という心配までしてしまう。



 そんな中でブギーポップは溜息を一つついてからはっきりと答えた。



『C番で』



 そして、宮下籐花の挑戦は終わった。



 



 



「結局、昨日のはなんだったんでしょうね?」



「さてね。悪い夢でも見たと思うしかないかな」



 綺と凪は向かい合わせに座って紅茶を飲んでいた。



 時刻は正午。



 綺の料理学校は休みで、凪はいつものようにサボり。



 今日は正樹が久しぶりに学校の寮から遊びに来る。



 そう思って綺は豪勢な食事をテーブルの上に載せていた。



「でも、まさか正樹のテレフォンの相手が健太郎だったとはねぇ」



「………そうですね。でも正樹のそういう相手ってわたしと凪と健太郎さん以外で誰かいますか?」



「思い浮かばないな。でもよかったじゃないか、他の女じゃなくて」



「………もう! 凪ったら………」



 笑いあう二人。



 凪は渇いた喉を潤すように紅茶を口に運んだ。



 カップを持った手が、赤黒く染まっている。



 心なしか綺の声も上ずり、緊張しているようだ。



「あれだけ紹介されておいて結局、解答できなかったなんて、正樹も駄目だなぁ」



「………仕方が、ないよ………。だって難しいもの」



「そうだね。一度、勉強を教えてやるとするかなぁ」



 そう言って指を鳴らし始める凪。



 綺はそんな凪を直視できずに下へと目線をずらす。そうしたらそうしたでテーブルの下で



血塗れになって倒れている健太郎の虚ろな瞳と合ってしまう。



(ああ。わたしの安息は今しばらくないのね………)



 綺は観念して紅茶を飲んだ。



 しばらくは現実から逃避する事にしよう。



 そうそう、今日のおかずはなににしようかな。正樹が美味しいと言ってくれるものなら全部作ってあげる。



きゃ! わたしったら………。



「ただいまー、綺! 凪〜」



 綺の体が凍りつく。



 凪は一週間ぶりに餌を与えられた肉食獣のような眼光をまだ見えない正樹へと向ける。



声は普通った。



「おかえり」



 そして、惨劇の幕は開いた。



 



 



『ファイナルアンサーU』完



 


 紅月赤哉です。  これを当ホームページ10001ヒットを踏んだ弥月未知夜さんに捧げます。  ………本当にこんなんでいいのかな?