俺、千堂和樹の家は今、大変な事になっている。



 居るのは俺だけではなく数人の大人達。



 他にも照明機材やら何やらが置かれ、はっきりいって居心地が悪い。



「はい、じゃあ本番まであと少しだから〜」



 ADとか言ってた人が俺に言ってくる。声を返す余裕も無いので頷くだけ。



 そこになるチャイム。



「千堂君、お客さんだよ」



「はい………」



 俺は疲れを隠さずに、数人の大人達の間を抜けて玄関のドアを開けた。



「やあ、まい同士! 今日も同人活動に勤しんでいるかぁ!!」



 俺は何も無かったようにドアを閉めると部屋に戻る。



「どうしたのだ! いきなり閉めるなど………」



「人の部屋に勝手に入ってくるな、大志」



 この腐れ縁の九品仏大志は俺の部屋の異常さに気づいて、無遠慮に部屋を見回す。



「おお! 同士和樹。お前、いつの間に取材が来るようになったのだぁ!?」



「俺の取材じゃないよ」



 俺は一人盛り上がっている大志に顔を向けずに言う。すると大志は瞬時に俺の前に移動



して聞いてきた。



「ならば、これは一体?」



「テレビの企画だよ。ほら、やってるだろ? みのもんたの………」



「………おもいっきりテレビか?」



「ミリオネラだよ」



「おお! 賞金が一千万円のやつだな。そうか、まいブラザー、世界征服の資金を貯めるのか」



「俺が挑戦するんじゃないよ」



 世界征服、という単語が出た時点で周囲のディレクターさん達がひく気配があったがもう



気にしない。



「じゃあ、誰が出るのだ?」



「千紗ちゃんだよ。塚本印刷経営の足しにするんだって………」



 テレビを点けると、そこにはでかい文字で「ミリオネラ〜二時間生放送スペシャル〜」の



文字が浮かんでいた。



 



 



『ファイナルアンサー』



 



 



『さーて、私が司会のみのもんたです』



 いつも通りの少々怪しげな顔でみのもんたが解説を始めた。



 今回のミリオネラは生放送でやるらしい。



『では、早速早押しクイズ! クイズ、ミリオネラ』



 みのもんたが言うとスクリーンに映像が浮かんできた。



『次のうち、年齢が上の順に並べてください。森進一、森みつこ、森嘉朗、森?外』



 テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ………ダンッ!



 BGMが終わり、解答者がボタンを押し終える。その中に塚本千紗もいた。



「千紗ちゃん、緊張してるなぁ」



「ふん。所詮一介の女子高生ではこんな桧舞台では役に立たん」



「それにしてもテレビに出れるっちゅうのは、いいもんやなぁ」



「ふみゅう〜、この詠美様を差し置いてちょーなまいきー」



 いつのまにか後ろから聞こえてくる声は増えていたが、無視して画面を見る。



結果が映し出されると同時に驚愕の声が流れた。



『挑戦者は塚本千紗さんです!』



『おお………』



 タイムを見ると2秒ジャスト。



 二位の人の記録が5秒ちょいの事からも尋常じゃない記録だ。



「千紗ちゃん、凄い………」



 唖然とする和樹達の前で、千紗が解答者が座る席へと歩いて行く。その面持ちは凄く硬い。



『は、初めましてですぅ〜』



 声が上ずっている事に会場は和やかな笑いに包まれる。みのもんたも笑顔で千紗に話し



かけた。



『緊張していますねぇ。まずはリラックスしていきましょう』



『は、はいです!』



 千紗は少し表情を崩したようだ。さすがみのもんた、と心の中で拍手を贈る和樹。



 そこで千紗のプロフィールが流れる。



 有名な高校の二年生で、自分の家が経営している印刷所の経営の足しにしたいと言う理



由で今回参加した事が放送される。



それよりも何よりも会場を驚かせたのは次の言葉だった。



【塚本千紗ちゃんはなんと、予選の問題を完全に回答したただ一人の少女です!】



「「「「な、なにぃ!」」」」



 和樹達の声がハモる。



【家族思いの天才少女。その少女が今、1000万円を目指します!】



 そこで映像が終わり、再びみのもんたと千紗が映る。



『いやー、素晴らしいですね〜。予選全問正解ですか』



『そ、そんな事無いですよ〜。運がよかっただけですぅ。あ、でもでも、それで運を使い



切ったとしたら大変ですねぇ』



 本気で困ったように焦る千紗。すでに会場は彼女のほんわかとした雰囲気に好感を示し



ている。



『大丈夫ですよ。さて、始めましょう。塚本千紗ちゃんの、クイズ、ミリオネラ』



 



 デケデンデンデケデケデンデンデケデケデンデンデケ………



 



 BGMが流れてみのもんたが問題を言う。



『次のうち、高橋陽一先生の漫画じゃないのはどれ?



 @:キャプテン翼。A:FW陣。B:エース。C:テニスの王子様』



『Cのテニスの王子様ですぅ』



『ファイナルアンサー?』



『ファイナルアンサーですぅ〜』



『正解』



 



 デロリ〜ン!



 



 正解の効果音。



「ぬお! 塚本嬢もやるではないか」



「凄いわ。ウチ、分からなかったわ」



「やるわねぇ、この詠美様でも分からない問題にすらりと答えれるなんて………」



(んなもん、考えるまでも無いだろ)



 和樹は心の中で突っ込みを入れつつ、テレビを見る。



 千紗は次々と問題を答えていき、一気に100万円挑戦まで行ってしまった。



『凄いですねぇ。一気に次は、100万円ですよ〜』



『にゃあ、凄いですぅ〜。千紗、100万円の小切手なんて初めて見たですよ〜』



 千紗の言葉に笑う聴衆。それが冗談だと思って笑っているのだろうが、和樹は心の底か



ら千紗が初めて見たと言っているのを知っている。



『今日は、応援は誰が来てるんですか?』



『はい! お父さんとお母さんが来てます〜』



 画面が切り替わって映し出される千紗の両親。



 父親はハチマキに《必勝!》と書き、明らかに手製の小さな応援幕を下げている。



 横では母親が俯いていた。よほど恥ずかしいのだろう。



『千紗! 頑張れ〜』



『はいですぅ』



 笑顔で言い返す千紗。どうやら母親が感じている恥ずかしさを微塵も感じていないらしい。



『千紗ちゃんは、家計の手助けをしたいって理由で参加したみたいだけど、両親はその事を



知ってどうだったんですか?』



『最初は千紗、内緒にしていたんですよ。いつもいつもお父さんとお母さんにはお世話にな



っていますから、びっくりさせようと思っていたんですぅ。でも、親の承諾がないと出られ



ないと言われてしまって………。とっても喜んでくれました!』



『まあ、確かに。でも勉強と両立して家の手伝いもしていたのでしょう? 大変じゃなかっ



たですか?』



『はい! でも、お父さん達のほうが千紗よりもずっと大変ですから。だから千紗は少しで



もお父さん達の負担を減らせるように頑張ろうと思うんですぅ〜』



『そうですかぁ〜。くぅう! いい娘ですねぇ』



 みのもんたは番組を間違えているのか涙ぐむ。会場も千紗の健気さに打たれて何故か拍手



が巻き起こった。千紗は何故こんなに拍手が起こるのか全く分からず視線をきょろきょろと



させている。



 千紗の両親はすでにハンカチを眼に当てて泣いている。



「千紗ちゃん………天然だよ」



 和樹は千紗の天然さに溜息をついた。後ろを見ると大志達も涙ぐんでいる。



「お前等、そんな殊勝な心の持ち主だったのか」



 そんな和樹の言葉も聞こえないのか画面を食い入るように見つめている。



 和樹が視線を戻した時、千紗が100万円を手にした。



 



 



 



 そして、あっという間に最後の問題がやってきた。



『次が、1000万円です』



『にゃ、にゃあ〜。凄いですぅ。いっせんまんえんですぅ〜』



 千紗はみのもんたが手に持った小切手に書かれている1000,0000に目を見開く。



『ドロップアウトしますか? 最後まで行きますか?』



『最後まで行きます〜』



 途中一度、ライフライン『オーディエンス』を使った以外は全部即答で答えてきた千紗。



 今回も即答で挑戦を決める。



『それでは一千万円の問題です。クイズ、ミリオネラ』



 



 デンデンデンデンデンデンデンデンデンデンデンデンデンデンデンデン………



 



『次のうちで森田まさのり先生が描いている野球漫画はどれ?



@:ROOKIES。A:Mr.FULLSWING。B:泣くよ、うぐいす。C:ろくでなしブルース』



『どの漫画も分かりません〜、フィフティーフィフティーお願いしますです』



 正に即行でライフラインを使う千紗。



『どれが消えてほしいですか?』



『どれも分からないのでとりあえず二つ消えてほしいです』



 千紗がライフラインを行使する。ダンッ! という音と共にAとBが消えた。



『残るは@とCですね』



『うーん。やっぱり分からないですぅ〜。テレフォンお願いしますです〜』



「スタンバイお願いしますー」



 そこで、ADさんが俺に言ってくる。俺はテレビを消して映らない場所に移動。



 何故か後ろに三人ついてきたが突っ込む暇はないようだ。



 座っている目の前にカメラが置かれ、後ろでは指を折りながらカウントしている人がいる。



 電話が鳴り、俺は電話を取った。



『もしもし?』



「もしもし。はい、聞こえてます」



『私、みのもんたでございます〜』



 電話口から聞こえてくるみのもんたの声。



 おそらく今、カメラの前の映像が千紗達の下へと送られているはずだ。



『今ですねぇ、塚本千紗ちゃんが、一千万円にチャレンジしてます』



「おおお! さすが我が友!」



「やるやないけぇ、千紗ぼー。いったれいったれ!」



「ふみゅぅうううう!!! 何でそんなに勉強できるのよ〜」



 後ろで五月蝿い大志達に目の前のテレビ局の人達も、会場の人達も唖然としてるのが見ずと



も伝わってくる。



『え、えっとですね………今から千紗ちゃんに問題を言ってもらって、三十秒以内に答えてあ



げてください』



「は、はい。分かりました………」



 どうやらみのもんたと意見が一致したらしく、後ろの三人は構わずに進めるようだ。



『おにいさん〜、お元気ですか〜』



「千紗ちゃん! 早く問題言わないと!」



『あ、はいですぅ〜。えっとですねぇ、次のうちでぇ、森田まさのり先生が描いている〜、



野球漫画はぁ、どれですかぁ?』



「聞いたから早く答えを言ってよ!」



 チャレンジしている当人よりも自分の方が緊張している和樹。問題は先ほどまでテレビ



を見ていたから分かるが、解答者が言ってからじゃないと答えてはいけない仕組みになっ



ているらしい。



『ROOKIESかぁ、ろくでなしブルースか、らしいです』



「それは………」



 和樹は思い出した。確か、どちらも森田まさのりの漫画だと言う事を。



 どちらが野球漫画かどうかは知らない。



「………」



 時間は十秒をきった。



このまま答えられなければ千紗の勘に賭けるしかなくなる。



 答えられなくても自分には責任はないはずだ。仕方ない、で済まされる。



 分からないなら、千紗に任せた方がいいのではないか?



自分の力で間違ったならまだしも、余計な事を言って惑わせるのも困るはず。



そう考えて、和樹は考える事を放棄しようとする。



 しかし和樹は、テレビに出ると話を持ってきた時の千紗との会話を思い出した。



 



 



“おにいさん。協力してくれませんか?”



“俺は構わないけど………どうして俺なの? 学校の友達とかでも………”



“おにいさんの事、一番頼りにしてるんです。おにいさんの言う事はきっと正しいです”



“そ、そんな事無いけど………分かった。千紗ちゃんの期待にこたえられるように頑張るよ。



だから千紗ちゃんも一千万円取ってね!”



“はいです!”



 



 



(俺は………あの娘を裏切れん!!)



 和樹は必死で考える。既にカメラの後ろではADがカウントを数えている。



 5………4………3………。



 そこで、和樹は叫んだ。



「Cだぁ!」



 そこで、電話は終わった。



 和樹は「はい、いいですよ」と声がかかると同時にテレビへと走って点ける。



 するとまだ問題に答えていない千紗。



『さあ、お友達はCと言いました。千紗ちゃん。どうしますか?』



『お兄さんの言ってる事はきっと正しいです。Cにしますぅ』



「千紗ちゃん………」



 和樹は恥ずかしさと嬉しさで顔が赤くなる。



『ファイナルアンサー?』



『ファイナル………』



 そこで、千紗の声が止まる。和樹や大志達も眉をひそめて画面を凝視したが、すぐに



千紗は



『ファイナルアンサーですぅ!』



 と、今までで一番元気よく答えた。



『では、C番の、ろくでなしブルースで』



 



 ダダドゥン! ―――ドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコ………



 



 みのもんたの顔が徐々にアップになっていく。口が微妙に動き、いつ答えが言われるか



分からない。しかし千紗は全く動じていなかった。笑顔を浮かべて、心の底から和樹が選



んだ答えを信じているように見える。



 そして、答えが吐き出された。



 



『残念!』



 



 こうして、千紗の一千万円への挑戦は終わった。



 



 



 テレビ局の人々が帰った後も大志、由宇、詠美は和樹の部屋にいた。



 和樹は千紗の挑戦が終わってから一度も話さず、テレビの前にうなだれたまま動かない。



「なーに、自分の事のように落ちこんどんのや。仕方ないやろ」



「そうよー。答えたのはあんたじゃなくてあの娘よー」



「でも、俺が言った答えだ」



 和樹はそう言って幽霊のように立ち上がる。その顔に生気はなく、今にも泣きそうだ。



「俺はあの娘の期待に応えられなかった。折角千紗ちゃんが、俺を頼って一千万円の解答を



訊いてきたってのに! ちくしょう………」



 和樹は床に崩れ落ちて床を拳で叩く。その力は弱々しい。



「何を言っている、同士和樹! お前は塚本嬢の期待に応えたではないか」



「………」



 何を言ってる、のはそっちだと和樹は顔を上げて言い返そうとして、固まる。



 大志の顔は真面目だったからだ。



「お前は信頼に応えようと、必死になって答えを考えていた。塚本嬢にはそれで充分だった。



 あの娘が求めていたのは真実の答えではなく、お前の答えだったのだ。



だから、間違った答えでもお前の答えをそのまま言ったのだ」



「………大志、その言い方だと、千紗ちゃんは答えを知っていた事になる」



「ああ、おそらく彼女は気づいただろう。お前の答えが違っている事に」



 和樹は千紗が一瞬、ファイナルアンサーを言おうとして動きを止めた事を思い出した。



「あの場で間違いに気づいてそのまま答えを変更していれば、金は手に入っただろう。だがあ



の時、彼女は金では買えない物をすでに手に入れてしまった。お前の、必死で信頼に応えよう



とする気持ちを。塚本印刷の経営を助ける事よりも、お前が答えてくれた事が大事だったのだ」



 大志はそれだけ言うと部屋から出て行った。後について由宇と詠美も出て行く。



 和樹は呆然とその後姿を見ているしかなかった。



 



 



 チャイムが鳴って、和樹は目を覚ました。



 時刻は朝の八時。



 大志達が帰ってすぐ寝た事を思い出す。



「はい………!?」



「おにいさん。おはようございます」



 ドアを開けると、千紗が立っていた。和樹は前日の記憶が甦って顔をしかめる。



「ご、ごめん千紗ちゃん。俺が間違った答えを言ったばっかりに」



「気にしないでくださいですぅ、おにいさん。百万円でも凄い大金ですよ!」



 千紗はまったく気にしたように思えない様子で和樹に言う。



 和樹は気づいた。それが本心だと。



 一千万円でも百万円でも、親のために貰えた賞金には違いないということを。



「昨日のお礼を言うのに早く言おうと思って………。ありがとうございますです」



「そうか………。こっちこそありがとう、千紗ちゃん」



 和樹は千紗の頭を撫でた。千紗は気持ちよさそうに「はにゃ〜」と呟いている。



「そうだ、今度の日曜日に映画でも見に行かないか?」



「ええっ! いいんですか?」



「ああ! 一千万円を手に入れれなかった残念会だ! 俺が全部おごる!!」



「そ、そんなぁ………」



「だーめ! 絶対やらせてもらうよ!」



 和樹の強引さに千紗は戸惑いながらも頷いた。



「よっし! じゃあ、とっとと原稿上げるとするか!」



「はい。おにいさんもがんばってくださいね〜」



「うん。千紗ちゃんも学校、行ってらっしゃい」



 千紗は元気よく手を振って学校へと向かった。和樹は顔に生気を取り戻し、机に向かった。



 そして猛スピードで原稿を描きだす。



(千紗ちゃん。一千万円の埋め合わせはきっとするよ。どれだけかかっても!!)



 



 そして、和樹はこの月の原稿を6000部発注した。



 



 



『ファイナルアンサー』〜終〜



 



 



 



 紅月赤哉ですぅ〜。



 とまあ、千紗口調してみました。しかし頭の中で声出しながら書いていれば書いているほどタラちゃんですね。



 今回はネット友人のステルスペンギンさんへの8000ヒット記念という事で書きました。



 リーフの作品のSSは実は初めてです。



 ギャグにしようかと思いましたがこんなんになりました。



 きっとこの娘なら、あの状況になるとああいう行動をとるでしょう。



 でもなぁ、ミリオネラって本当に賞金くれるんですかね?



 では〜