俺の精神は硬直していた。

 それはあまりにも衝撃的だったからだ。

 凄く嫌な事があったわけではない。むしろその逆。

 目の前にはどでかい掲示板に並ぶ数字の羅列。

 俺の手には数字が書かれた紙。

 隣にはのほほんコンビの相沢と水瀬。

 そして、我が麗しの君である美坂香里。

 同じように紙を持っている三人は同じような顔をしていた。

「あったなぁ……」

 それは誰の発した言葉だったか。

 人間、本当に嬉しい時というのはすぐには感動はやってこない。

 大抵は数分、長くて一日ほどタメがあってから歓喜する。

 今回はどうやら後者のほうらしい。

 周りでは前者だったらしき奴等の歓喜の声が木魂する。

「北川君」

 その声は間違えるはずも無い美坂の声。

 振り向くといつもの顔をした美坂が言ってくる。

「とりあえず、今年もよろしく」

 内心、とりあえずかよ、と突っ込みを入れるも言う勇気はない。

 今は頭の中が真っ白になっている。

 ただ一つの事実は――



「大学でも四人一緒か」



 という事だった。









『俺が主役だ!』〜ほわいとでい〜









 俺の名前はJUN KITAGAWA。

 人は俺の事をこう呼ぶ。

『ガラスのエース』と。

 ……一部しか分からないネタは止めておこう。

 今回はいよいよ最後のチャンスだ。

 何かって?

 決まっている。美坂に告白する最後のチャンスだ!

 いつも何かと余計な雑念が入るせいか全く意味が無いように思えたが今回は違う。

 冒頭部のようにいつもの四人は同じ大学に進学が決定した。

 春から花のキャンバスライフをおくるためにはなんとしてもその前に美坂を――。

 は、恥ずかしくて言えんわ!

 とりあえずあと二日もすればホワイトデーだ。その時に渾身のプレゼントをすれば美坂

もきっと俺を認めてくれる!

「今度こそ!! 最後の勝負だぁ!!!」

「最後まで五月蝿いぞ!!」

 ガンッ。

 後頭部に直撃。

 さ、最後までこれかよ……。

 そして俺の意識はブラックアウトした。







「んでまあ、何故か当日」

 誰にともなく呟いてみる。

 まさか一日ぶっ続けで寝る羽目になるとは……、何を投げつけられたんだ?

 最後まで分からなかったなぁ。

 まあいい。これからが本番なんだ。

 目の前には水瀬の家。

 どうせいつものようにここにいるに違いない。

「おーい! 相沢!」

 チャイムを鳴らして呼ぶと秋子さんが出てきた。いつのもように笑って。

「あらあら、二人ともまだ寝てるんですよ」

「二人とも、寝てる?」

 一瞬嫌な想像が頭を過ぎったが忘れる事にする。二人とは間違いなく相沢と水瀬だろう。

「起こしてきましょうか?」

「いえ、嫌な予感がするのでいいです」

 俺は丁寧に断ってから尋ねてみた。

「美坂来てません……よね」

「一度来ましたけど、二人が寝てるって言ったら帰りましたよ。そう言えば、今の北川さんみたいに」

 ……そうか美坂、お前も同じ事を。

「あー、北川だ!」

「北川君、おはようー」

 帰ろうとした俺に声をかけてきたのは居候コンビの真琴ちゃんとあゆちゃんだ。

「お返しちょうだい」

「なんの?」

「あう〜、ばれんたいんでーの!」

 そうだった。

 何かと忘れがちだったが何故か一日遅れでいろんな人からチョコをもらったんだ。

 明らかに忘れてたから急いで買った事丸見えだったが、俺は大人だから気にしないんだ。

「何故わざわざ好意でもらったものにお返しをしなくてはいけない?」

「うぐぅ、北川君怖い」

 む? 顔に出てたか。

「だってだって! 祐一が言ってたよ! ホワイトデーはバレンタインデーのお返しをする

日だって! 三倍にして返してくれるんでしょー」

 あの野郎、何を真琴ちゃんに吹き込んでるんだ……。

 と、そうだ。

「しょうがない。お兄さんがお返しをあげよう。そのかわりちょっと協力してくれ」

「その口調が気に入らないけどいいわよ」

「僕はいいや。秋子さんのご飯まだ食べてるし」

 あゆちゃんは俺に手を振って中に入っていった。しょうがない、真琴ちゃんだけで。

「じゃあ、秋子さん。真琴ちゃんを借りてきますね」

「はい。レンタル料は十万ですよ」

 なかなかシックなギャグをしてくれるなぁ、と思いつつ俺は真琴ちゃんと一緒に外へとくりだした。







「ふーん。それで香里をさがせばいいわけね」

 真琴ちゃんと俺は公園へと来ていた。その手には肉まん。

 食べ物で釣られるなど……、いや、何も言うまい。

「それじゃあ、今は十一時だから、二時にこの公園に集合」

「分かったー」

 そう言って真琴ちゃんは駆けていく。俺はその背に思わずこうしていた。

「グワシ!」

「サバラッ!!」

 ……まさか、読んだことあるのか?

 俺はテレビでやってたから実行してみたというのに。

 ささいな疑問はこの際置いといて、さーて美坂を探さなくては。

 と、今まで気づかなかったがちょうど俺のいる位置の反対側にスケッチブックを持った

人が絵を描いている。

「あれは……」

 こんな所で絵を描いているなんて思いつくのは一人しかいない。

「栞ちゃん」

「あ、北川さん〜」

 栞ちゃんは俺に目を向けている間も手をスケッチブックに走らせていた。

 なかなかできるものじゃないよな。

 一人で感心してから覗き込む。

「……タコ?」

「これは雲です!」

 その絵のどこが雲なのか400字以内で説明してほしかったが、やはり美坂の妹。

 そして俺の義妹となる娘だ。無碍な扱いは出来ない。

「何か今、失礼な事考えてませんでした?」

「俺は相沢と違って口にはでない」

「やっぱり考えてたんですね!」

 しまった。墓穴を掘った……。

「そんな事思う人、嫌いです!!」

「どんな事?」

 どんな事を思っていると、思っているのか不思議になって訊いてみる。

 すると栞ちゃんは堰を切ったように喋り出した。

「絵が下手だとか、背が小さいとか、胸が無いとか、コンパチキャラとか、四次元ポケット

とか、実は留年とか、ヴァニラアイスとかスタンドとか」

 ……その中で思ったのは最初だけだ。

「ところで美坂……姉さんを知らない?」

 とりあえずこのままだと一日終わりそうなんで訊いてみる。

「お姉ちゃんなら、祐一さんの家に行ってるはずですが」

「それが、ちょっとした事情でいないんだよ」

「なら、私が知るはずありません。お姉ちゃんのお尻を追い掛け回している北川さんにして

は珍しく見失ってるんですか?」

「そういう事だ。俺の美坂レーダーも万能ではない」

 そのまま栞ちゃんは絵を描く作業に戻ってしまった。

 まったく。俺の冗談が通じないなんて可哀想に。

 目線の先を見てみると公園中央の噴水があることからそれを書いているんだろう。

「上手いな、ドラえもん」

「どこがドラえもんなんですか!!」

 そんな心温まる会話をしてから俺はその場を去った。

 最後まで栞ちゃんは怒りっぱなしだったが、その理由は全く分からない。

 女心と秋の空、か。

「今は春だよな」

 自分で自分に突っ込みを入れてみた。







 結局、街中を探してしまった。

 二時もとっくに過ぎてるし。辺りはすでに夕暮れの赤に包まれている。

 あまりにも綺麗で……何故か物悲しい気分になる。

 結局、最後まで俺はギャグキャラで終わるのかなぁ……。

 全国の美坂ファンに嫌われたままなのかなぁ……。

「家に戻ったのかぁ……」

 美坂の家。

 そう言えば行った事がない事を思い出す。

 あいつに惚れてから何度か行こうとしたんだが、何故か記憶が途中で途切れるんだよなぁ。

「確か……」

 俺は記憶が示す通りの道を進む。そしてT字路が見えた。

 そう。ここでいつも後頭部に衝撃が……。

 と危機感を感じて後ろを振り向くと、そこにはメリケンサックをはめて拳を振り上げた美坂が

立っていた。

「……ちっ」

「あの、ちっ……って何ですか?」

「言葉通りよ」

 いきなり現れた事にとてつもなく心臓はバクバクいっていたが、普通に返す。

 美坂は心底残念そうにメリケンサックをポケットにしまった。

 その事は後でいろいろじっくりと聞きたいとは思いつつ、今は当面の目的を果たす時!

「美坂!」

「な、何よ……。別に北川君を殴り倒してどこかに捨てておこうと考えてたわけじゃないわよ」

 語るに落ちるとはこの事か。

「とりあえず、果てしなく気になるがそれは後回しだ。今日は美坂を探していたんだ」

「……?」

 美坂が怪訝な顔をする。俺は意を決してポケットからブツを取り出した。

「美坂! こ、これ! バレンタインデーのお返し!!」

 俺の言葉と同時に差し出した手には――粉々に砕けたチョコが入った袋が。

「ぬ、おおおおお!!!!! な、何たる事だぁ!!」

 無残に砕け散っているチョコ。

 俺が、夜なべをして作っておいたチョコがぁ……。

 なんてベターなオチなんだ!!

「ベタね」

 ――言われてるし。

「? なんでチョコなんかくれるの?」

「だ、だって今日はホワイトデー……、だろ」

 自分でも分かる。言葉にまったく力が入らない。

「だって今日は13日でしょ。ホワイトデーって明日よ」

 そうだ。ホワイトデーは明日……って!!?

「あ、明日ぁ!?」

「そうよ。何、北川君は寝ぼけてたわけ?」

 美坂は顔を崩した。

 余程俺の顔がおかしかったのか指差しながら笑ってくる。

 言える言葉を選べず、とりあえず浮かんだ言葉を言ってみる。

「……人を指差すのは失礼だおー」

「名雪の真似しても可愛くないわよ」

 瞬時に言葉を返されて何も言えない。そんな俺から美坂はチョコの残骸を取った。

「あっ」

「これ、もしかして手作り?」

 ……。

 何も答えない事が肯定だと気づいてくれたのか美坂はしげしげとチョコ(の残骸)を眺めて、

袋から取り出した。

「……」

 欠片を指につまんで眺める美坂。俺は動けないまま美坂の顔を見ている。

 すると美坂はチョコを口にほおりこんで口を動かした。

 確かに食べている。

 いつもの勢いならば笑って、おちょくられて、捨てられるのかと思っていたが。

「何か失礼な事考えてない?」

「俺は相沢のように口にはしない」

「やっぱり考えてるんじゃない」

 しまった。さすが姉妹。

 引っ掛け方が同じだ。

「65点ね」

 ……それが俺のチョコの点数だというのに気づくのはしばらくかかった。

 やけに美坂の顔が赤い。

 夕日に染まって、いつもの3,6倍(当社比)綺麗に見える。

 俺の心臓の鼓動は高まる。

 顔が熱くなり、赤みが増していく感覚がリアルに感じられた。

「み、さか……」

 熱に浮かされたような気分。

 俺は内に秘めた思いを解き放とうと口を開くが、そのまえに美坂の姿は俺の前から消えていた。

 後ろを向くといつのまにか歩いている美坂。

 そして振り返って俺のほうを見る。

「形は問題じゃないけど、作るならもう少し上手く作りなさいよ」

 その顔は、笑みだった。

 口でいうほどの嫌味はまったく伝わらない。

 純粋に、綺麗だと思う。

「それじゃね」

 そして美坂の姿は俺の前から消えた。







「なんで、告白できんかったかなぁー」

 俺は再び公園に来ていた。

 いろいろと考えたい事があったからだ。

 手にはいろいろ入った袋。

 きっとまだこの場にあの娘はいるだろう。

 そう思って買ってきた物だ。

「きっと北川さんは来ますよ。馬鹿みたいに行動が予測しやすい人ですから」

「ほんと〜」

 ――丸聞こえです。

「やあ栞ちゃん」

 俺が近くにいたことに今気づいたのか、栞ちゃんと横にいる真琴ちゃんはベンチから飛び上がった。

「ひっ! き、聞かれた!?」

(いつのまにきてたのよー?)

「こ、この様子だとフラれましたね」

(お、お姉ちゃんは見つかりました?)

「二人とも。本音と建前が反対」

「「あ」」

 某同人ゲームのクラークさんと同じような事をしてる二人は顔を俺から背けた。

 俺は二人の横に腰を降ろして袋からアイスと肉まんを取り出す。

「やるよ」

「あ、ありがとう」

「ございます」

 二人は同時に手にして同時に食べる。

「このアイスは、痛い」

「ピザまんのほうがこの頃はおいしいわね」

 ……いちいちうるせえ奴等だ。

 そして俺が取り出したのは『うまい棒・なっとう味』

 やけ食いだ。

 一気に十本を口にほおりこみバリバリと食べる。

「……お姉ちゃんにプレゼントは渡せました?」

「……うん」

 食べ終えたと同時に、栞ちゃんの言葉に素直に頷く。

「お姉ちゃん、バレンタインデー辺りから少し元気が無かったんですよ。でも今は前と同

じようになりました」

 思い浮かべると、確かにバレンタインデーから少しの間は様子が変だった。

 相沢との会話もどこか淡々としてたし。

「北川さんの話をすると、いつもはクールなお姉ちゃんが砕けて、とても話しやすくなる

んです。きっと北川さんの存在って、大事なんだと思いますよ」

 栞ちゃんの言葉を聞いているうちに俺は気分が高揚してきた。

 そして悩んでいた自分を笑いたくなる。

 そうだよ。

 今回、プレゼントをもらってくれたのだって、いつもに比べたら余程いいじゃねぇか!

「祐一さん達と同じ大学だって、お姉ちゃん嬉しそうに言ってました。でもきっと、一番嬉しいのは……」

「わはははははは!!! 美坂ぁ! 俺はまだまだ諦めん! 必ず告白してやるぞぉ!!!」

 俺の中に新たに闘志が湧いてくる。

 そうだ。

 考えれば大学は四年間ある。

 邪魔者の相沢も今朝の様子だとすでに水瀬に骨抜きにされたようだし……。

「邪魔者は消えた。これからは安心してアタックできる……」

「安心ですね」

「あう〜。よく分からないけど、よかったわねー」

 二人が俺を祝福してくれる。

 そうなのだ!

 たとえ全国の美坂ファンを敵に回しても……俺は美坂一筋だ!

「安心したところで俺は帰る!」

 今日はいい夢見れそうだ。

 俺は栞ちゃん達の「じゃあねー」とかいう声を聞きながら家路に着いた。

 俺達の人生はまだまだ始まったばかりだ。

 大学ではきっと、美坂を振り向かせてみせる……。

 その日まで――

「顔を洗ってまってろよ〜、美坂ぁ〜」

 夕日に向かって走るのはとても気持ちよかった。









 おまけ



「本当に北川さんって単細胞ですね」

「ほんとに〜」

「最後まで綺麗にまとめる事ができて、私も満足です」

「私は肉まんを食べれたから満足〜」

「それにしても、お姉ちゃんは本当に北川さんのことが好きなんでしょうか」

「わたしに聞かないでよ〜」

「お姉ちゃんの趣味もよく分かりません」

 二人は残りのアイスと肉まんを口にほおりこんだ。







 さらにおまけ



 既に夕日は隠れて夜。

 美坂香里は自分の部屋の自分の机に頬杖をついている。

 視線の先には机に乗った北川からのプレゼント。

「ふふふ」

 その顔はとても幸せそうに笑ってる。

 笑みの意味を知っているのは当人だけ。

「これからもよろしくね。北川君」



 こうして、彼等の高校生活は無事に終わったのだった。

 冬の街の物語が終わっても彼等の物語は続いていく……。





 〜To be continue to the next season〜




 はい、『俺が主役だ!』シリーズ完結であります。  ギャグを目指してましたが半端になってしまって……ギャグを上手に書けるようになりたいです。  最初から最後まで、二人をラストにくっつけるかくっつけないかを考えて、結局曖昧にしました(汗)  しかし最後の香里の様子で僕がどうしたかったかを分かっていただければと思います。  阻止派の人、すみません(謝)  ではでは、ここいらで退散します〜。  今後もどうぞ、よろしくお願いしますね〜。  作者・紅月赤哉