「ついに、この日が来たな……」 俺は内から来る高揚感に笑みを浮かべる事を抑えきれなかった。 俺の名前は北川潤。 最近では俺の生き様に共感してくれている人もいると聞く。 (誰だよ) ……変な声が聞こえたが無視しておこう。 兎に角! 明日はいよいよ待ちに待った日である!! 聖バレンタインデーなのである! わが麗しの君、美坂香里からもきっとチョコが配られるはずだ! 思い出すぜ……一年前のバレンタインを……。 (美坂! チョコ、持ってきてるじゃないかぁ! 俺にくれるんだろ?) (あんたの分はないわ) (ど、どうして……) (栞の事とかでいろいろどたばたしてて、たくさん作る時間なかったのよ。あ、相沢君。はいこれ、チョコ) (おお、サンキュー香里) (な、なぜじゃぁああああああああ!!) (うるさいわね) (う、うわあああ!!) 「……う、うおおおおおお!!」 思わず美坂のメリケンサックを思い出してしまって、声を上げてしまった……。 おのれい、相沢ぁ……。今年こそ、美坂のチョコをもらうのは俺だ!! 『俺が主役だ!』〜聖バレンタインの惨劇?〜 2月14日。 この日にどれだけの男子が女の子のチョコを待ちわびるのか。 本命チョコを願い、義理チョコに群がる。 その日、教室は戦場と化すのだ……。 「勝利者は俺だ」 腕を組んで校門の前に立つ俺。 な、なんて決まっている姿だ。斜め四十五度からのアングルはまさに絶品! 「なーに、あの人」 「朝から邪魔よね」 「人の迷惑考えたら?」 「まったくだ」 「……って! 相沢ぁ!」 「何だ?」 「おはよう、北川君」 他の奴等と共に俺の悪口を言っていた奴と同一人物とは思えないほど落ち着いていやがる。 いつも通りの相沢と水瀬。 そして隣には美坂がいる。ま、まさかあいつも俺の悪口を……。 「言葉通りよ」 やっぱりね。 もうこの仕打ちには慣れてきたよ。 「あ、北川さんおはようございます」 相沢達の後ろからやってきたのは栞ちゃんだった。 「栞ちゃん? 香里と一緒に来なかったの?」 「実は……」 「栞はチョコ作りをしてたから遅くなったのよ」 美坂がそう言った瞬間に栞ちゃんの顔が真っ赤になる。いやー、初々しいなぁ。 「……祐一さん」 おずおずとかばんの中から袋を取り出す栞ちゃん……って! 「で、でかい!」 「どれだけ作ったんだ? 栞……」 さすがの相沢も額に汗を浮かべている。普通の料理ならまだしもこのチョコの量と大きさはやばい。 なにせ栞ちゃんの鞄よりも大きい袋だ。 「一体どこに隠してたんだ?」 「そんな事言う人嫌いです」 取り付く島もない。 「栞、い、いくらなんでもこんな量は……」 「祐一さん、食べてくれないんですか……?」 「食べよう」 ふ……、相沢よ。いくら栞ちゃんの涙が可愛いからってその量は致死量だぞ。 「ところで、美坂達は?」 「そう言えば……」 「お姉ちゃん達はもう中に入って行っちゃいましたよ」 その瞬間、予鈴がなった。 「相沢……いきなり凄いチョコの量だな……」 「まあな……」 相沢は憔悴した顔で言葉を返している。 まあ、お前は他の奴等からたんまりともらっておくがいい。 俺の狙うは美坂の『本命』チョコのみ!! ところで肝心の美坂のチョコは……? 「何、見てるの?」 睨まれた。 ううう……今日はいつになく厳しい目だなぁ。何かあったのだろうか? 「な、なあ美坂……。今日はどうしてそんなに怒ってるんだ?」 「北川君には関係ないわ」 その言葉をそんな眼光出して言うなよぉ(泣) しょうがないから注意深く観察する事にしよう。 まずは鞄だ。 特にいつもと変わらない。 微妙なふくらみの違いもないし、チョコは入っていなさそうだ。 なんでそんな違いが分かるかって? 美坂一筋の俺なら当たり前だろう。 次に机だが……勉強道具しか入ってない。 「ば、バカな……」 思わず俺は呟いていた。 どこにも美坂が持ってきているはずのチョコの気配がない。 「バカはお前だ。北川」 「え?」 唐突に聞こえてきた声に俺は顔を上げると先生が睨んでくる。 って、この人は確か1限目の担当のはずだ……。 「授業が始まってるというのに何よそ見をしているんだ!」 頭に走る衝撃。 おのれぇ……。教科書を丸めて叩くなんて味なまねを……。 「本当にバカね」 ……そりゃあないぜ、美坂。 時間は過ぎて昼休み。これからが騒乱の幕開けだ。 「はい、義理チョコ」 クラスでいるんだよなぁ。義理チョコをとりあえずばらまく女子。 「うおおお! チョコだぁ!!!」 「ありがてぇ、ありがてぇ!!」 「押すな! これは俺のチョコだぁああああ!」 「ほほほ……」 まったく騒がしい事この上ない。 昼休みの時間帯にはこういった「いつもお世話になってますチョコ」が配られる。 もちろん本命などは一つも配られない。 そんな大事なものは放課後に渡すと相場が決まっているのだ。 後は本当に仲がいい男友達にだけあげる義理チョコ。 どちらかといえば友情を確かめるっぽいチョコで見ていてもなかなか心が和む。 「はい、香里」 「これ名雪の分ね」 ……そうやって同性同士で交換し合うのはけして女色なわけじゃないぞ。 まあ、バレンタインデーを一つのイベントと考えて楽しんでいると言うわけだ。 「はい、義理チョコ」 俺にも義理チョコが渡ってきたか。さて、一体誰……だ? 「嘘、だろ?」 「言葉通りよ」 美坂……美坂ぁ! まさかぁあああああああああ!!!!!!!!! 「嘘だと、言ってくれぇ!!!!!」 「少し黙りなさい」 その瞬間、俺の意識はなくなった。 結局、放課後まで寝てしまっていた。 というか誰もいねえ。 「なんでだよ……」 生徒も先生も誰も俺を起こしてくれないなんてなんて薄情なんだ。 散々なバレンタインデーだな。美坂もいないし、チョコも義理チョコか……って。 「ない。ない。ない!!」 いくら探しても美坂のチョコは見つからなかった。 ふと思いついてゴミ箱を見てみる。 するとそこには色とりどりの包みが。 俺の、美坂からもらったチョコの包みもあった。 「……もうやだ」 怒る気力もない。 とりあえず教室から出る前に外を見てみる。 すると俺の目に何かが映った。 「あ、あれは……」 俺は自分の眼が信じられなくなった。 体育館裏。 定番の告白スポット。 そこに……美坂が!! 「美坂ぁ!」 俺は駆け出した。さっきまで意気消沈していたのも忘れていた。 あまりにも残酷すぎやしないか!! 相手は……相手は誰なんだ!? 相沢……なのか? あの人間磁石はいろんな女の子を自分に引きつけるだけでなく、俺から美坂まで奪うのかぁ!!! 俺の足は今、人生で一番速く動いているだろう。 校門を出て、問題の体育館裏に向かう。 するとそこには――。 「み、美坂……」 「ああ、北川君」 一人だけその場にいた美坂は、いつもの表情で俺を見てくる。 でも……何かが違う。 「何か用?」 「……いつのまにか放課後で、ちょうど美坂の姿が見えたから来た」 俺も極力平静を装って答える。美坂は溜息をついて呆れたように俺を見てくる。 「まったく、しょうがないわね。北川君は」 「美坂」 美坂は動きを止めた。俺の言葉に込めた気持ちが伝わったんだろうか? 「何? あらたまって」 俺は言わなければいけなかった。 今、ここにいるのは俺と美坂だけ。 相沢も、水瀬も、栞ちゃんもこの場にはいないんだ。 「美坂さぁ、俺達友達だろ?」 「……何、当たり前の事言ってるのよ」 「ならさぁ、友達の前でくらい無理するな」 美坂が顔を俺から逸らした。 「誰が無理しているのよ」 「ならもっといつも通りの美坂でいろよ。俺は……いつもの美坂のほうが好きだぜ」 「……えっ?」 美坂の顔が弾かれたように俺のほうに向く。俺は意を決して思いを伝えることにした。 「あ、あ、あの、その、な……」 しかし実際、こうやって向かい合うと全然言えん。 一分一秒が長い。一時間くらいに感じる。 「お、おれ、おおおおおおおお!!!! ぎゃあ!?」 だー! 緊張しすぎて思わず叫んでしまった。舌まで噛んでしまったぞ!? 「ふ、ふふふ……」 俺は美坂の笑い声に我にかえった。美坂は……腹を抱えて笑っていた。 息が出来なくなるほどに。 「ほ、ほ――お、おい、美坂」 「けほけほっ……。ふふふ……、ありがと、北川君」 そう言って美坂はポケットから何かを取り出して俺に放り投げた。 俺はなんとかそれをキャッチする。 「……チョコ?」 「あげるわ」 美坂はそう言って俺の横を通り過ぎていった。 「おい、美坂……」 「また、明日ね〜。北川君」 美坂が視界から消えるまで、俺はずっと美坂の後姿を見ていた。 意味は分からなかったが、どうやら美坂は元気が出たようだ。 「……散々な一日だったけど、最後にいい事あったな」 俺は手の中にあるチョコを見ながらしみじみと思った。 夕日が一段と綺麗に見えるとは、きっと心の晴れ具合の違いだな。 と綺麗にまとめる事にしよう。 だが、最後まで分からない事があった。 『美坂は誰に会うつもりだったんだろうか?』と おまけ 「祐一、香里から電話だよ〜」 「……分かった。もしもし」 『あ、相沢君?』 「ああ、……香里」 『今日の事は気にしないでね。冗談だから』 「そ、そうだったのか?」 『そっ。じゃあまた明日ね〜』 「お、おう」 ガチャン。 「祐一、香里なんだって?」 「いや、なんでもない」 さらにおまけ 「う、うおおおお。美味い。美味いぞぉ〜。猛烈に、ウマイゾォ〜!!!!」 「五月蝿いぞ!」 「ぎゃああああ!」 惨劇は最後まで続いたのでした(チャンチャン)
あとがき 紅月赤哉でございます。 北川君シリーズ、バレンタイン編でした。 なんかもう何も言いますまい。バレンタインなんてねぇ〜(笑) 次はいよいよ最終回「ホワイトデー編」です。 飽きずに見てくださいね〜。