一月一日・お正月





『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』

 俺は自宅に来た年賀状をチェックしていた。

 クラスの悪友。中学時代の友人。いとこまでいろいろときた。

 っふふふ。これも常日頃の気配りのおかげだな。

 俺の名前は北川潤。

 Kanonの名脇役。

 うどんで言えば七味唐辛子くらいの価値がある。

 ――いまいち分からんな。自分で言ってて。

 去年はわが最大のライバル相沢祐一にいろいろと勝負を挑んで、その都度辛酸を舐めてきた。

 どうしてそんな事をしているのかと言うと理由がある。

 俺の麗しの君、美坂香里がどうやら相沢に気があるらしい。

 このままではあの《人間磁石》に美坂まで取られてしまう!

 それだけは何とか阻止しなければ!!

 というわけで、相沢を叩きのめして美坂の気を俺に惹かせようというのだ。

 ふっふっふ! 完璧な作戦!!

 さーって、年賀状の整理が終わったら美坂に電話でもするか……。

「な、ない……」

 何がないって、そりゃあもう……。

「美坂の年賀状がねぇ!!!!!!!!!」

「五月蝿いぞ!」

 後頭部に振動。

「新年から、このパターンか……」

 相変わらず何を投げられたのか分からずに俺は昏倒した。









『俺が主役だ!』〜あけまして、お約束です〜









 一月二日





 ピンポーン

「はーい」

 この声は真琴ちゃんだな。

 俺の予想通りに玄関を空けたのは水無瀬の家の居候1:沢渡真琴ちゃんだった。

「あ、北川〜。今年もよろしくお願いします」

「今年もよろしく。真琴ちゃん」

 最初のとてつもなく嫌そうな反応は見なかった事にして、俺は先を続けた。

「思った通り新年会をしているんだな」

 俺はそのまま靴を脱いで水瀬の家に足を踏み入れた。

「お、あう〜。勝手にはいんないでよ〜」

「うるせぇ」

 俺の眼力で真琴ちゃんは体を硬直させた。

 俺の思いを邪魔する奴は女子供であろうと容赦しねぇ!

 そのまま俺は居間のドアを開けた。

「よう、相沢。あけましておめでとう!」

「お、おめでとう」

 相沢はこたつに入って俺を見ていた。

 その顔が少し硬直しているのは俺がいきなり入ってきたからだろうか?

「まあ、お前の事だから来るとは思ってたけどな」

 その通りって、俺の考えてる事分かるんかいな?

「立ってないで座ったら?」

 そう言って来たのは相沢と同じこたつに入ってる美坂だった。

「北川さん。あけましておめでとうございます」

 その隣には栞ちゃん。みかんを食べ過ぎたのか爪が黄色い。

「北川君。あけましておめでとうだよ〜」

「今年も娘達をよろしくお願いしますね」

 キッチンから水瀬と秋子さんが言ってきた。

「あ、こちらこそよろしく」

 俺は『当たり前だ! 世話してるのはこっちなんだコノヤロウ』と思いつつ平然と言った。

 大人だな、俺。

 そこで俺はあらためて面子がおかしい事に気づいた。

「……新年会だってのに、いつものメンバーが欠けてるのな」

 見た限り、先輩ペアと年寄り後輩がいない。

「先輩ペアと年より後輩はそれぞれ親戚との用事でいないわよ」

「うわ、香里。そりゃひどくないか?」

「言葉通りよ」

 ……どうして俺の考えてる事を?

 これは美坂と心が通じてると言う事か?

「違うわ」

 美坂はそう呟いてお茶を啜った。今時点ではお前が年寄りくさく見える。

「北川君。鼻を無くすともう少し男前になるんじゃない?」

「そうだ! 栞ちゃん。その隣の子は?」

 背筋を駆け上る悪寒を振り払うように俺は栞ちゃんに話し掛けた。

 今まで気付かなかったが、栞ちゃんの隣には見た事の無い女の子がいる。

「ああ。この子は私が高校に入って初めての友達なんです〜」

「はじめまして〜」

 その子は可愛い笑顔で俺に微笑みかけた。

 どうしてこう相沢の周りにはレベルの高い子が集まるんだ?

「よっこいしょっと」

 俺は美坂と相沢の間にスペースがあるのを見つけるとすばやく滑り込んだ。

「あ、そこは……」

「許せ。俺には大義がある」

 俺は本題に入るためにポケットの中から『ある物』を取り出した。

「相沢。年初めの勝負だぁ!!」

「……なんだよ、今度は」

 ふふふ、分かってるじゃないかぁ。

「今回はカードゲームで勝負だ!!」

 俺の手にはトランプ。こたつでやるゲームの定番だな(?)

「カードゲームか。んで、何やるんだ? 大富豪か? ババ抜きか?」

「『ドボン』だ」

「????」

 相沢も美坂も栞ちゃんもその友Aも何だそれは、という目で俺を見ている。

「私、友Aじゃないです」

「『ドボン』ですか」

 洗い物でもしていたのか、秋子さんと水瀬がこたつに寄ってきた。

「無視しないでください」

 雑音は気にしない。

 秋子さんは全てを分かっているような口調で言ってくる。

「ルール、説明しましょうか?」

「はい。お願いします」

 俺はすんなり秋子さんに説明を任せる。一瞬、そうしなければならない気がしたからだ。

「『ドボン』はトランプ版ウノみたいな物で、簡単に言えば数合わせですね。

 自分の手札の数字の合計が場に出された数と等しければ上がりです。

 たとえば自分がAと11のカードを持っていた時に場に誰かが12のカードを出したなら、

 それを持ってる人が『ドボン』と言って上がりを宣言するんです。

 Aがスキップ。2がドロー2。3がドロー3。9がリバース」

 素晴らしい説明どうもです。

「さあ、相沢! 分かったなら勝負だ!!」

「そうだな。意外と面白そうだ」

「わたしもやりたいわ」

「わたしもです〜」

 美坂と栞ちゃんがそろって名乗りでる。

 これは通常は4人プレイだから丁度良い。

「じゃあ、私は見てます。面白そう」

 友Aはそう言ってニコニコしながら眺める。

 俺はトランプを芸術的な腕で切りながら、言う。

「これは点数がつくんだ。点数の付け方はその時に言うが、先に1000点になったら負けだ」

「じゃあ、一位に人には私の特製ジャムをプレゼントします」

 その瞬間、時が止まった。

 全員の意識がその時、一つになるのを俺は感じていた。

(勝ちも負けも駄目だ! 生き残るには2位3位しかない!!)

「じゃあ、開始だ」

 各人に五枚札が配られる。周りには秋子さんに水瀬。真琴ちゃんと栞ちゃんの友人Aがいた。

「そう言えばあゆちゃんは?」

 俺は死闘前、最後の会話を試みた。

「あゆは……餌食になった」

 それだけで理解した。

 二の舞になるわけにはいかん!!

 かくして異様な雰囲気の中、こたつを囲んでのバトルが開始された。







「ドボン!」

 美坂の声が無情にも俺の耳に響く。

 俺の出した数字は見事に美坂の餌食だった。

「これで北川君は973点ね。後一撃……」

 その時見た美坂の顔はいつもの、少しきついがその中に優しさを兼ね備えているモノではなかった。

 その場にいる四人誰もが、自分が助かりたいばかりに他人を蹴散らす。

 いただきストリート以上に、秋子さんの謎ジャムは友情を破壊しようとしていた。

「現在、祐一900点。香里850点。栞ちゃん910点。北川君973点だよ」

 水瀬は人事だと思って平然と点数を計算していた。

「負けん!」

 俺は次のターンを開始した。

 最初に出たのはスペードの4。

 ハートの4。

 クローバーの4と出て、俺はダイヤの4を出した。

 このゲームの得点はドボンされた奴には50点プラス自分の手札の数字合計(10以上は10点)で決まる。

 役札は20点と高い。

 つまり、このゲームは役札をいかに効率よく捨て、数字の合計を相手に悟られずに揃えていくかが問題になる高度な知的ゲームだ。

「スペード2」

「ダイヤ2」

「クローバー2」

 ……こんな風に人をはめる事も戦略だ。

「北川、早く6枚取れ」

 俺はそのまま6枚を取った。

 ぐわ、役札ばっかやんけ。

(このままいけば……)

(今、ドボンすれば……)

(北川さんの負けですね)

 皆の思考が分かる。しかし、今回の敗者は――ビリデハナイノダ。

「このまま行けば香里ちゃんですね、一位は」

 秋子さんがにこやかに言う。俺は美坂のポーカーフェイスが砕けるのを目の当たりにした。

 泣いている。

 涙を流さずに、美坂は泣いているぅ!

 美坂がビリにならずに、しかも点数を高くするには……。

 そこで流れが逆転した。相沢が俺の目を見つめてくる。

 そして、俺は理解した。

(了解!!)

 アイコンタクト。俺と相沢の中で一つの密約が交わされた。

 そして――







「一位、祐一947点。香里985点。栞ちゃん988点。北川君が1096点だね」

 水瀬の声が告げる。俺は燃え尽きたようにこたつに突っ伏した。

「終わった……」

「ああ……」

 すぐ傍で相沢の声が聞こえる。

 目を向けると相沢と目が合った。

 ヤッタナ、センユウ

 俺達は心の中でお互いを称えあった。

「じゃあ、祐一さんにはこのジャムを上げます」

「あ、ありがとうございます。秋子さん」

「今、ここで食べてください」

「ここで、ですか……」

「はい」

 にこやかに秋子さん。

 そして、その日の新年会は終幕した。







「ありがと、北川君」

 水瀬の家からの帰り道、栞ちゃんはもう少し相沢の家にいると言う事で二人だけだ。

「何の事だ?」

「相沢君と二人で協力して、わたしを一位にさせなかったわね」

「……ばれてたか」

 そう、俺と相沢が交わした密約は謎ジャムの脅威から美坂を守るという物だった。

 結局一位は相沢になり、あいつが被害を被る事になったのだが。

「俺は謎ジャムの脅威は分からないからな。でも美坂が泣いてるように見えてね」

「……北川君」

 いつのまにか雪が降り始めていた。

 俺達は分かれ道に差し掛かり、少し体が離れる。

 雪の中に立つ美坂は幻想的な雰囲気があった。このまま何か良い言葉が出てくるのでは……?

「今年もよろしくね」

 俺にとって最高の笑顔。

 その笑顔を土産に美坂は家路についていった……。

 しばらくポーッとした後、俺はしみじみ思う。

 今回はまた俺の負けだったが、結局は痛み分けだな、相沢。

 空を見ると更に雪が降ってくる。

 雪は冷たかったが、俺には美坂の笑顔で十分暖まる事ができた。

「今年も一年、頑張るぞー!!」

 思わず両腕を上げる。

 今年こそ美坂を彼女にするぞ! 気合いが入る。

 そして俺はそのまま家路についた。

 しかしふと、思わずにはいられなかった。

『あの栞ちゃんの友人は何て名前だったのか?』と――









 おしまい









 おまけ







「おーい潤。年賀状来てるぞ」

「誰だよ。遅れて出すなんて」

「女の子の名前だぞ」

「な!? ……美坂ぁ!!」

「うるさいぞ!」

 一日後れの年賀状は相変わらず美坂らしさがあった。







『今年もよろしく』







 ただ一言、それだけが年賀状の裏に書かれていた。









 本当におしまい




 さて、紅月赤哉です。  ここ一連の『俺が主役だ!』シリーズ。  本当は自分のホームページには載せる気はなかったのですが、Kanonリングに登録したので作品は増やしといたほうがいいな、と  思いまして載せる事にしました。  いい加減しつこいのでバレンタイン編、ホワイトデー編で最後にします。  それでは、次回作で〜