「ふふふ……これだこれだ」

 思わず声が出ちまうぜ。

 時刻は夜中の二時。

 世に言う丑三つ時だ。

 何故こんな時間に俺は部屋を暗くし、デスクスタンドを点けて本を読んでいるのか?

 それは後に明らかにしよう。

「くくく……これで、俺の勝ちだ美坂ぁあ!」

「何時だと思ってるんだ!」

 部屋のドアがいきなり開いて親父が何かを飛ばしてきた。

 見事に俺の後頭部にいい音を立ててぶつかる。

「そ、そりゃあない、ぜ……」

 だが負けんぞ!

 必ず俺の悲願を達成してやる……。

 そして俺の意識は闇に落ちた。







『俺が主役だ!』〜冬の大激闘篇〜







 おう、俺の名前は北川潤

 Kanonの裏主人公とは俺のことだ。

 俺のセンスある会話で相沢達の普段の生活に潤いを与えている。

 正に「潤」と言う名に相応しい仕事だ。

 ……しかし!

 俺は影が薄い。

 その影の薄さから何度我が麗しの君、美坂香里にアプローチしても気付いてもらえない。

 しかも、この頃美坂は相沢の野郎に気がある素振りをしているのだ!

 許さんぞ! 相沢ぁあ!!

 というわけで、このままでは相沢に俺の恋が取られてしまうので俺は行動を起こす事にした!

 それは――





 昼休み。

「スキーに行こうぜ」

 俺のさりげない誘いに相沢が答える。我が友は快く承知するんだ……。

「やだ」

「……」

 お前、俺の作戦を台無しにしたいのか?

「どうしてだ!? 雪国で最も面白いスポーツだぞ! スキーは!!?」

「寒いしな」

 なんてクソ野郎だ。しかしこいつを誘わなければ美坂は来はしない。

 そうでなければお前のような約束破りな男、誰が誘うか。ふん、だ。

「うにゅ? スキー?」

「そ、そうだよ水瀬。スキー行きたいだろ?」

 相沢の隣で寝ていた相沢の従姉妹、水瀬名雪。

 こんな所に強力な味方がいた!

「水瀬、ちょっと」

「う、うにゅあ?」

 俺は水瀬を連れて教室の外に来た。もちろん廊下だ。外じゃない。

「お前、相沢を美坂に取られたくないだろ?」

 俺がずばり言った事に水瀬は顔を強張らせる。

「美坂の奴、この頃相沢に気があるような気がしてならないと思わんか?」

「そ、そういえば……やけに祐一と一緒にいる……」

「そうだ。俺は……美坂の事が好きだ。そして、水瀬は相沢が好き。する事は一つだろう?」

 美坂を好きな事をバラしたのは初めてだったが、目的達成のためには背に腹は変えられん。

「わかったよ。北川君に協力する」

 水瀬の瞳はマジだった。あまりの眼光に俺の背筋に悪寒が走る。

「祐一は渡さないんだよ、香里〜」

 水瀬の後ろに炎が見える。

 どうやら人選は間違ってなかったらしい。

「というわけで、行くぞ水瀬!」

「おう! だよ!!」

 俺達は互いに闘志を燃やして教室のドアを開けた。するとそこには!

「相沢君。わたしの作ってきたお弁当、食べてね」

「おお! 相変わらず香里の弁当はおいしそうだな」

「「……」」

 この野郎!

 香里! 許さないよ!!

 この時、何故か俺は水瀬の考えている事が分かった。

 俺達の抱える思いは一つ!

「相沢」

「香里」

「「え?」」

 俺達の問いかけに同時に答える二人。

 なんて息のあった奴等だ。またそれが腹立つ。

「「スキー行かない?」」

 俺達二人に詰め寄られて相沢と美坂は何も言えずにいた。

「「Yesだな(ね)」」

 俺と水瀬のあまりの剣幕に相沢は美坂の弁当をあやうく取り落とす所だった。

 そのまま落としやがれ。俺が食べる。

「じゃあ、今度の日曜な。それできまりだ」

「約束だよ。約束破ったらお母さんのあのジャムを塗ってパンを食べさすよ」

 ……水瀬の目は本気だ。味方で良かった。

「わ、分かった」

「今度の日曜ね」

 二人とも顔を青ざめさせている。やはり水瀬の母親の『あのジャム』ってのは脅威らしい。

 強引だが、これで第一段階クリアだ!

 日曜が楽しみだぜ……。





「絶好のスキー日和だな」

「そうだね〜」

「でもなぁ……」

「そうねぇ……」

「人がいっぱいです〜」

 ん? 一人多いような……。

「栞ちゃん。いつのまに?」

「嫌ですね、北川さん。バスの中からいましたよ?」

 そう言えば美坂と相沢の動向ばっか気にしてたから他の存在を忘れていた。

 でも、どうしてここに妹までいるんだ?

《北川君》

 水瀬の囁き声に俺は自然に耳を傾けた。

《栞ちゃんは祐一の事を狙っているから、香里の邪魔するにはもってこいなんだよ》

《でもそれだと水瀬も大変じゃないか?》

 俺も合わせて囁き。

《大丈夫。あんな年下に負けるわたしじゃないよ》

《……お前、キャラ変わりすぎ》

《?》

 どうやら本気で分からないらしい。まあいいや。

「よっしゃ! スキー行くぜ!!」

「だから、この人込みだから動けないんだろ?」

 相沢め……話の腰を折るような事を……。

 確かに、休みの日だからって人が多すぎる。

 一体どういう事なんだ?

「そう言えば今日は夜から誰か芸能人が来てイベントするって新聞にあったわよ」

「ああ! だから人が多いんですね」

 美坂と栞ちゃんが俺らにも分かるように説明口調で言ってくれる。わざとらしい。

「なんか言った? 北川君」

「何も言ってないぞ?」

「じゃあ、何か思った? 北川君」

「……思ってないぞ」

 さすが美坂。俺の考えを読むとは……。

「おっ? やっと人込みが消え始めたぜ。行こう」

「そうね」

 相沢〜、何時の間にお前が先頭なんだ?

 しかも美坂は瞬時に相沢の隣に陣取ってるし……。

「おのれ相沢………」

「お姉ちゃん……」

「香里、滅殺だよ〜」

 どうやら考えてる事は同じらしい。





「うわ〜、北川さん。スキー上手ですね」

 ゆっくりとボーゲンで降りてきた栞ちゃんが言ってくれる。

 ふふふ、当たり前だ。

 こんな事もあろうかとスキーだけは腕を磨きつづけてきたんだ!

 相沢などに負けはせぬ。

「でも相沢君も上手いわね」

 美坂が言った言葉に俺は奈落に叩き落される気がした。

 別に相沢が上手い事が意外なわけじゃない。主人公は優遇されるからな。

 俺がショックなのは美坂が少し顔を赤らめてその台詞を言った事だ〜!

「顔が赤いのは寒いからだよ」

 と水瀬の台詞が聞こえた気がしたが、気のせいだ。

「……相沢。どうだ? ここで最強スキー王決定戦といこうじゃないか」

「何が最強スキー王なんだ? まあいいけど」

 くくく……。俺の思惑通りだ。

 これで、相沢に勝てば俺の株は上がる!

 少なくとも志を共にしてる水瀬と栞ちゃんが上げてくれる。

「よっしゃ! 行くぞ!」

「そこまでの気合がよく分からんが……」

 今に見てろ……。





「というわけで俺達はここにいる」

「誰に言ってるんだ?」

 相沢の呟きは無視して。

 俺と相沢はスキー場の山頂にやってきた。美坂達は下にいる。

「んじゃ、これから一斉にスタートして早く下に着いた方が勝ちだ。どんなコース行ってもいいぞ」

「了解」

 相沢は気のない返事。

 目に物を見せてくれる。夜遅くまでこのスキー場の地理を頭に叩き込んだ俺に勝つのは不可能だ。

「よーい。スタート!」

 俺が言うと同時に二人ほぼ同時のスタート。

 おのれ相沢! 言うほうが有利なスタートを同時にあわせてくるなんて……。

 俺は最初の下り坂を直滑降で滑っていった。この時点では相沢も同じ。

 勝負は最初のカーブだ!

「見せてやるぜ! 俺の実力をぉお!」

 俺はスピードをほとんど殺さないままパラレルターンでカーブを曲がった。

 強烈な遠心力を気合で押さえ込む。

 ……かっこいいぞ俺! なんか本編と全然違う気がするぜ!

「今日の俺はいつもの北川潤ではない!!」

「恥ずかしいから叫びながら滑るな」

「……!!?」

 俺は後ろを振り返らずに気配だけで相沢が後ろについている事を知った。

 まさか俺の本気についてくるとは……!?

 その後も相沢と俺は一進一退の攻防を繰り広げていた。

 しかしゴールも真近に迫った時、相沢の姿が消えた。

「!!? 何処行った?」

 しかし構ってはいられない。

 このままゴールだ!

 そして俺は最後のカーブ。このスキー場名物180度カーブを曲がって最後の直線に入った。

 そこで俺は信じられないモノを見た。

「なんだって!」

 そこには……すでにゴールした相沢の姿が。

「なん、でなんだよ?」

 俺は失意のままゴールした。





「いやー。あの180度カーブをそのままいくより、横の林を突っ切ったほうが速いと思ってな」

「怪我したらどうするの? 危険な事はしないでね、祐一」

 負けた。

 思えばこいつが正攻法で勝負をすると思っていた俺が馬鹿だったのだ。

「北川君もかっこよかったわよ」

 はぁ。いいんだよ水瀬、慰めてくれなくても。お前は相沢をひきつけておけ。

「聞いてるの? 北川君」

 はいはい。聞いて……え!?

「あ! あ、あああ。聞いてるよ……美坂」

「ならいいわ」

 美坂はそう言ってロッジのほうに滑っていった。

 いつのまにかその場にいるのは俺だけ。

「待ってて……くれたのか?」

 俺の呟きが聞こえたわけじゃなかっただろうが、美坂が俺の方を向いて口を動かした。

「さあ、ね」

 そう言ってるように見えた。

 よーし! とりあえず一歩前進だな!

 いつかお前のハートをゲットしてやるぜ!!

「早く来なさい!」

 美坂の投げた雪玉はちゅうど俺の頭にヒットした。

 ……最後までこれかいな。

 俺が最後に見たのは、砕けた雪玉の中に入っていた石だった。

 くそう。いつか俺が主役になってやる……。

 そして俺の意識は闇に消えた。





 終・し・ま・い









 おまけ

 美坂「はい、相沢君。お弁当」

 祐一「おお! いつも悪いな香里」

 名雪「いつもってなんなのいつもって!」

 栞「ふえぇ〜、お姉ちゃん不潔です〜」

 祐一「不潔って栞………。ところで北川は?」

 美坂・栞・名雪「知らな〜い」





 北川「……寒い……し、死ぬ……」




 この作品を当ホームページ6000ヒット(+掲示板2000ヒット)記念にEmoto−s氏に贈ります。  作者・紅月赤哉