『恋のばか騒ぎ』





  竹内理緒は目を閉じて瞼の裏に浮かんでくる男に胸をときめかせていた。

(弟さん……)

  それは尊敬する男、鳴海清隆の弟である歩。

  自分達、『ブレードチルドレン』の運命を変える事が出来るただ一人の人間。

  以前に歩と戦い、敗れた理緒は歩に運命を変える力があると確信した。そして初めて男

らしさを見出し、ほのかな想いを抱いた。

  そしてその想いが決定的になったのはあのカノン・ヒルベルトとの戦いの最中だった。

(カノン君を救ってくれた……弟さん、かっこ良かったなぁ……)

  カノンとの戦いの傷を癒す為に入院している理緒は一日中歩の事を考えていたのだ。

(ああ、もう……好き過ぎてたまらないなぁ……)

「おい理緒……理緒!」

「……うるさい!!」

  理緒は枕を手に取って声のする方向へと投げた。鈍い音がして声の主がうめく。

「いってぇなぁ……なんなんだよ」

「なんなんだよ、じゃないよ!  こーすけ君」

  理緒は自分と似たように包帯が巻かれている男――同じブレードチルドレンである浅月

香介に文句を言う。

「折角いい所だったのに!」

「何がいい所なんだよ……目を閉じたままにへらへらしていたら誰でも危ないと思うだろ」

「もう、とにかく邪魔しないで!」

「だって客来てんだぞ」

  そういって香介は入り口を指差す。理緒も視線を動かすとそこにいたのは――

「はわわ!  お、弟さんっ?」

「早く入っていいか。俺も立ってるの辛いんでな」

  歩の格好もカノンとの激戦を物語っていて、露出している場所はほぼ包帯で巻かれ、左

に松葉杖をついていた。よたよたと歩いて病室の中へと入り、用意された椅子に座る。

「何で俺が用意しなけりゃならんのだ……」

  用意したのは香介だが。

「こーすけ君。わたしよりも亮子ちゃんのほうを見てきなよ」

「あ?  亮子の病室はさっき寄ってきたって言ったろ。大丈夫だっ――」

「い・って・き・た・ら」

「行ってきます」

  香介は理緒の手に握られている花瓶を見てそそくさと病室を逃げ出した。本気で花瓶を

投げてくるだろう事は理緒の目を見て明らかだ。

(それにしても、なんであんなにかりかりしてやがる……)

  香介はどこかもやもやした、はっきりしない気持ちのまま亮子――同じくブレードチル

ドレン――の見舞いへと向かった。

  足音が去るのを聞いた理緒は早速歩へと話し掛ける。

「あのあの!  ……弟さん」

「具合、どうだ?」

  理緒に向けられる感情表現が少なく、無表情な顔。しかし理緒にはその中に確かな心配

を感じ取っていた。長年『神の弟』という束縛の為に殺してきた感情。そして失われた豊

かな感情表現。しかしそれはけして失われたのではなく、内に秘められてきたのだ。

  それが今、以前よりも少しだけ表に出てきている。

  簡単に言えば素直になったと言うべきか。

「は、はい!  怪我は重傷でしたけど、もう心配ありません」

「そうか。良かった」

  笑みを浮かべる歩。その笑みに射抜かれて硬直する理緒。

(は、はわわ……顔が赤くなるっ?)

「ん?  熱でもあるのか?」

  歩は少し心配な表情で手をかざしてくる。その心配そうな顔にもときめいていた理緒は

動作が遅れ、歩の手のひらが理緒のおでこへと当てられた。

(はわわわわっわわわわあっはははははははは……)

「少し熱あるみたいだなぁ」

「は、は、は、はい……そうで、すね……」

  理緒の中のリミッターが外れるのはそう遠い事ではなかった。何かが音を立てるように

崩れて、理緒の中の本心が目を覚ました。

「……弟、さん」

  おでこに当てられた歩の手に理緒の手が重ねられる。歩にはその瞬間、アリ地獄へと足

を踏み入れたかのような感覚に襲われた。

(な、なんだ?  俺の第六感が危機を伝えてる……)

  引かれる手。近づく理緒の顔。理緒の手が意外と柔らかい事に歩の頬は赤く染まる。

「わたし……わた……し」

  そこで歩は理緒の状態がおかしい事に気づいた。慌てて再びおでこへと手をやる。

  そして、熱が高い事に気づいた。

「やばい!  傷が熱を持ったな!!」

  歩は急いでナースコールを押し、理緒を寝かしつけた。理緒は結局そのまま意識を失っ

たのだった。





「弟さん。わたし弟さんの事が好きです」

「……ああ。俺も、最初にあった時からどこか惹かれてたよ」

「本当ですか?」

「ああ。……ずっと一緒にいて欲しいな」

「弟さ〜ん!」





「先生」

「ああ。いい夢を見ているんだろう。いい寝顔だ」

  ナースと医師が部屋から出た後も理緒は微笑ましい顔をして眠っていた。

  結局それから意識を取り戻すのに三日ほどかかり、歩が病室を訪れるのはそれっきりに

なってしまったのだった。



「はう〜。チャンスを逃したよぉ〜」















  その頃の歩。



「さーて、鳴海さん。もう動けませんね」

「あ、あんた!  さっきの飲み物になに入れたんだっ?」

「ふふふ。ちょっとした痺れ薬ですよ。化学の先生をちょっとつついて頂きました」

「なんで化学の先生が持っているのか別にして……どうするつもりだ!」

「まどかおねーさんも理緒さんも油断ならない存在ですからね。ここは一つ既成事実を作

っておこうと思って」

「き、既成事実……」

「鳴海さ〜ん」

「や、やめろぉおおお!!!」



  歩の運命やいかに!?(笑)

  次回に続――くわけないです。





『完』