みんな、本当にありがとう。  みんなの声、かすかにだけど届いてた。  その声を聞いていたかったから。  ずっと聞き続けていたかったから。  私は戻って来れたんだと思う。 『奇跡』が、起こったんだと思う。  おかあさん。  香里。  栞ちゃん。  真琴。  あゆちゃん。  佐祐理さん。  舞さん。  美汐ちゃん。  そして……祐一。  本当に、ありがとう――  〜Kanon another story final〜  『Thanks A Million』  〜完結編〜 「祐一さん。交換留学、おめでとうございます」 『おめでとう〜!』  秋子さんが乾杯の音頭を取ってくれて皆でグラスをぶつけあう。  中身はジュースだ。  十二月二十四日。  名雪の事故から五日。  クリスマスパーティー兼俺の壮行会を無事に水瀬家で開く事が出来た。  いつものメンバーも集まり、テーブルを囲んでいる。  俺の隣には……。 「うぐぅ、ジュースが零れたぁ」  いつものようにあゆと―― 「あゆちゃんたら」  そう言ってあゆにハンカチを渡す名雪がいた。 「それにしても名雪、よかったな。仮退院できて」  名雪はいつもより少し元気はなかったが、それでも満面の笑顔で俺に言ってくる。 「うん! 思ったよりも治るのが順調だったって、お医者さんが」  嬉しそうに。  心底嬉しそうに名雪は食事に手を伸ばした。  俺は目覚めた名雪を見た時の事を思い出す。 『な、名雪……』 『ゆういち……ただいま』 『は、はははははは……』 『ありがとう……祐一……』 『名雪!』  ――思わず抱きついてしまっていたが、かなり恥ずかしかったなぁ。  秋子さんがいつのまにか起きていて、一部始終見ていたとか言うんだもんなぁ。 「では、ここで祐一さんへ皆さん何か言いたい事があればどうぞ」  秋子さんの言葉が俺を現実に引き戻した。  俺ははいはい、と皆が手を上げてるのを見て唖然とする。  何を言われるんだろうか……? 「じゃあ、栞ちゃんから」 「はい!」  香里の隣にいた栞が立ち上がって俺のほうをじっと見てきた。  うう、緊張する。 「祐一さん。留学おめでとうございます」 「あ、ああ」 「祐一さんと初めて出会ってから、いろいろと楽しい事や、辛い事がありました」  俺は答えない。  栞の病気の事を言っている事は明白だったからだ。栞は泣き笑いのような顔をして続ける。 「辛い事を耐える事が、そして克服する事が出来たのは、お姉ちゃんや、名雪さんや、祐一さんのおかげです。  祐一さんがいなかったら、私はここにいなかったかもしれません。  また……帰ってきたら……一緒に……」  栞は遂に泣き崩れた。  痛いほど気持ちが伝わってくる。 「……次は私が」  そう言って香里が栞と入れ替わって立ち上がる。 「私が栞を受け入れる事が出来たのも、相沢君のおかげよ。  私に幸せを与えてくれたのは……あなたなの。  だから、体には気をつけてね。体調崩したら栞も悲しむわよ。もちろん、私も」  香里は最後にウインクして座り、栞の肩を優しく叩いた。 「じゃあ、次は私達が」  佐祐理さんと舞が立ち上がり、それぞれ俺と出会った時の思い出を語る。  舞を過去の呪縛から解き放った事。  佐祐理さんの心にある傷を和らげた事。  それぞれ、俺がいた事で助けられたと言ってくれる。 「あう〜」 「私も一緒に」  真琴と天野。  俺のせいで傷つけてしまった真琴。  そして、最後に幸せを掴めた真琴。  親友を失った天野に、新たに親友となった真琴。  二人とも、やはり俺がいたからと言ってくれる。 「じゃあ、次は……」  秋子さんの言葉が止まった。  その視線は俺を向いている。  実際、みんなの視線は俺に注がれていた。俺は分かっていたが返す事が出来ない。 「祐一君……」 「泣いてる、の……?」  俺は泣いていた。  涙が零れ出して止まらなかった。  初めてあゆに留学の事を言った時も、皆に電話して伝えた時も出なかった涙が今、頬を伝ってくる。  俺は嬉しかった。  内心思っていた事。  一つ一つの『奇跡』が全て無ければ、今この場に皆がいる事が無かったかもしれないという事。  それを皆も感じていたのだ。  そしてそれを俺がいたからと言ってくれる。  皆が、俺の事を大事に思ってくれている事がひしひしと伝わってきた。  俺が皆に思っているのと同じように。  それが、嬉しかったのだ。  皆が同じ気持ちでいてくれた事。  俺達の気持ちは変わらない。そう感じた。 「あ、ありがとう、皆……。本当にありがとう」  俺は深く頭を下げていた。皆がどう反応していいか分からないと言う感触が伝わってくる。 「皆がいたから、俺は今ここにいると思う。こうやって、留学も出来るんだと思う。  違う選択肢もあったかもしれない。もっといい選択肢もあったかもしれない。  でも、今ならはっきりと言えるよ」  俺は頭を上げて皆を視界に入れた。 「今まで選んできた選択肢が、一番正しかった」 「祐一……」 「祐一さん」 「祐一君……」  名雪が、秋子さんが、あゆが俺を見て顔をほころばせる。  皆も少し後に顔をほころばせた。何を当然な事を言っている、と言うような顔で。 「さあ、料理を食べてしまいましょう」 「はい!」  俺は目の前の料理の征服を再開した。皆も同様に。  こうして夜は更けていった。 「祐一」  パーティーも終わって皆も帰った。  俺が部屋でベットの横になっているとベランダから声がする。 「名雪。寒いだろ。中は入れよ」 「ここに来て欲しいな」  名雪はベランダから動こうとしない。しかし体は少し震えていた。  俺はそれを見て取ってベランダに行く。  用件をすませて早く名雪を中に入れなければ。 「どうした?」 「私……ありがとう、って言えなかったから」 「ああ……。名雪からはもう貰ってるだろ? お前が目覚めた時に」 「……」  名雪は突然に俺に抱きついてきた。 「な……」 「しばらく、このままでいて欲しいな」  名雪の言葉に俺は何も言えずに、しょうがないので黙っている。 「……私ね、祐一のこと好きだったんだ」 「……」 「でも祐一は、あゆちゃんの方が好きなんだよね」 「……ああ」 「うん。祐一の口から聞きたかった。いさぎよく諦めるよ」 「……ごめん」 「大丈夫だよ。今までだっていい思い出、いろいろ貰ったもん。そして、これからも……」 「……ああ。これからも……」  俺達はしばらくベランダに立っていた。  雪がちらほらと降り始めると、俺は名雪を部屋に返して自分も戻った。  名雪は笑顔だった。  まだ、多少ぎこちなさは残っていたけど、失恋を認めて、乗り越えようとする意志を感じた。 「ごめんな、名雪。そして、ありがとう」  俺はベットに潜り込んだ。  眠りにつくのは早かった。  ふと、流れてくる冷たい空気が顔に触って眼が覚めた。  見るとあゆが俺の傍に立っていた。 「……あゆ?」 「起こしちゃったね」  あゆは腰を降ろして俺の顔を覗き込むような形になった。  俺は何となく用件は分かっていたので俺から言ってみる。 「寒いだろ? 話したい事があるんだろ。早くして、寝たほうがいい」 「うん……」  あゆは深呼吸してから俺の目をじっと見つめてきた。俺はその瞳に吸い込まれそうになるような感覚を感じた。 「ボクは、待ってるから。祐一君が帰ってくるの」 「……」 「それまでに料理の腕、ちゃんと練習して上げておくよ! 祐一君が帰って来た時に凄いおいしい料理を 食べさせて、おいしいってちゃんと言わせるんだから」 「……あゆ」  自然と体が動いた。  唇にあゆの温もりが伝わる。  あゆは突然のキスに驚いていたが、すぐに眼を閉じてキスを続ける。  触れ合うだけの、子供のキス。  唇を話してから俺はベットから出た。 「祐一君?」 「待ってな」  俺は机の中にしまってある『ある物』を取り出した。  それをあゆの手に放ってやる。それをあゆはしっかりと捕まえた。 「これは……」 「クリスマスプレゼントだよ」  照れているな、と自分で思う。あゆの顔が見る見るうちに赤くなった。 「あ、開けていい?」 「いいよ」  俺が言うと同時に箱を綺麗に包装している紙を慎重にはがしていく。  やがて中身が現れる。 「これ……」  あゆが恐る恐る箱を開けると、そこには指輪が。  そりゃあ、自分で買ったから分かるけど。 「一番安いやつだ。仕方ないだろ? 大学生は金が無いんだから」 「あ、あ、ゆ、祐一君。これ……」 「ちゃんとした結婚指輪は帰ってきたからやるよ」  そう。俺のプレゼントはあゆへの結婚指輪だった。 「う、うぐぅ……」  あゆは泣き笑いのような表情になって涙を流した。俺は近寄っていってあゆを腕に抱く。 「プロポーズはまだしないからな。ちゃんとしたの渡す時に言うから」 「うん……。うん……!」 「大好きだよ。あゆ」 「大好きだよ、祐一君」  あゆが俺を見上げて眼を閉じる。  俺も成り行きに任せて眼を閉じてあゆとキスをした。  嬉しさや照れで火照った体に、夜の寒さは心地よかった――  皆、本当にありがとう。  皆と会えた事が。  こうやって一緒に戯れる事が出来る事が。  俺が手に入れた『奇跡』なんだと思う。  秋子さん。  名雪。  香里。  栞。  真琴。  佐祐理さん。  舞。  天野。  そして……あゆ。  本当に、ありがとう――  一つの物語があった。  ある、冬の日の物語。  けして色褪せる事の無い、雪の日の記憶。  少女達がいた。  少年がいた。  それは『奇跡』という名の物語―― 『Thanks A Million』  〜Fin〜
 あとがき  Keyのホームページに行ってKanon専用掲示板を見ると、Kanonをいろんな角度で解釈しようとしてます。  その中で、Kanonの世界の出来事はあゆの夢だと言う意見があります。  僕はそれが一番気に入っています。  七年前から夢を見つづけているあゆ。  祐一という最後のピースが街に訪れる事になって、あゆの夢は動き出す。  それぞれの物語は祐一が望み、あゆがそれを叶えるといった形で終わります。  この話はあゆのシナリオ後で、みんなのエンドも終わってるという形で書きました。  あゆが目覚めるのは確かに祐一のおかげなのでしょうが、祐一が存在しているのはやはり Kanonのキャラクター全員のおかげなんだと僕は思いました。  皆が皆の大切な物を守るために願った『奇跡』が叶った世界。  それは現実には無いのでしょうが、物語の中でこそこうした事があってもいいと思います。  正に、『物語の中でくらい、ハッピーエンドでいいじゃないか』と言う事ですね。  僕のKanonの物語はこれで終わりです。  次回の二次創作にご期待を。  ではでは〜  作者・紅月赤哉