『約束』  どこかで聞いた覚えがある。  何処だろう?  目蓋を閉じて浮かぶのは周りを覆う木々。  胸が苦しい。  どうして?  どうしてボクは生きる事を望んだんだろう?  そう言えば、どうしてボクは死にかけていたんだろう?  ボクは、どんな奇跡を望んだんだろう―― 『Little fragment』(後編)  ボクが眼を覚ましてから三日過ぎた。  少しずつだけどリハビリを始めて、体中の筋肉を動かす。  最初は起き上がる事も大変だったけど、今はなんとか自分の力で起き上がれる。  こんなに頑張れるのも、祐一君のおかげだよ。 「何か言ったか?」 「ううん、何も」  祐一君は毎日来てくれている。不器用だけど、今もりんごを向いてくれてる。  ボクは凄く嬉しい。  だって、ボクには両親がいなかったから。  その事は昨日聞かされた。  それほどショックじゃなかったのは、きっとなくなった記憶の中に既にその事があったからだと思う。  そしてその事を聞いても寂しくなかったのは、祐一君が傍にいてくれたからだと思う。  記憶がなくなる前のボクはどんな娘だったんだろう?  祐一君とどうやって知り合ったんだろう? 「今とぜんぜん変わらないぜ」  祐一君は嬉しそうに目を細めてボクの頭を撫でてくれた。  でも、そんな幸せな時間の中でたまに襲ってくる不安がある。  何が原因かは分かってる。  どうしてボクは何年も寝ていたんだろう?  看護婦さんは、ボクは七年間寝ていたって言ってた。  祐一君はどうしてか知っていそうだったけど、教えてはくれなかった。  いつもある笑顔に少しだけかげりが出る。  ボクはそんな顔の祐一君は見たくなかった。 「ほら、お見舞いだ」  次の日、祐一君は大きな紙袋に何かを入れて持ってきた。  顔を近づけるといい匂いが漂ってくる。 「うぐぅ〜、たいやきだ〜」  ボクの大好きなたいやき。  看護婦さんも笑って食べるのを許してくれた。  祐一君がボクの分と自分の分を袋から出して渡してくれる。 「じゃあ、食べようぜ」 「うん! いただきま〜す」  ボクはたいやきにかじりついた―― 【見てるだけじゃ、うまくないだろ? ここのはあんこも皮もうまいんだぞ】 【……しょっぱい】 【それは、お前の涙の味だ】 【でもおいしい】  頭に流れる映像。  小さいときのボクだ。  隣にいるのは祐一君?  やっぱり小さい時に一緒に遊んだんだなぁ―― 【お前はあの時のあゆなのか?】 【……思い出してくれたの? 祐一君】 【久しぶりだね】 【そうだな】 【おかえりなさい、祐一君】  これ、は……どうして今の祐一君とボクが会っているの?  ボクは七年間寝ていたはずだよ?  でもこれは今のボク達だよ。  どうして……どうして……!? 「あゆ! どうした!! あゆ!!!」  祐一君の声がだんだん遠くなってくよ……。  頭が痛い。  割れるように痛い。  どうなって……。 「――です」  ボクが眼を覚ました時、お医者さんの先生が祐一君に何かを話していた。  祐一君はとても辛そうで、ボクは悲しくなった。 「ゆういちくん……」 「! あゆ、目が覚めたのか!」  祐一君はボクを抱きしめてくれた。  恥ずかしかったけど、とても嬉しかった。  祐一君は肩を震わせていた。ボクは自然と言葉が口に出る。 「大丈夫だよ。もう、どこにもいかないから」 「……あゆ」  祐一君は先生たちが出て行ってからもしばらくボクを抱きしめていてくれた。  祐一君にも分かったんだろう。ボクが抱えている怖さが。 「祐一君。君は知っているの?」  ボクはそう尋ねながら祐一君が答えを知っていることを分かっていた。 「今のボク達がどうして会っていたのか?」 「あゆ! お前、記憶が……」 「ううん。完全には戻っていないけど、遊んだ記憶があるんだ」  祐一君は凄い悩んだ顔をしていた。  何となく、言うのを躊躇っているってわけじゃなくて、どう言ったらいいか分からない感じだ。 「俺にも、よく分からないんだ。でも俺はこう考えている。俺達が遊んだのはあゆの夢だったんだって」 「夢……?」 「俺がこの街に七年ぶりに訪れて、いろいろな事が起こった。従姉妹やあゆに再会して、死ぬよ うな病気を抱えた子や過去に囚われていた先輩。自分を攻めつづけていた人、幼い時に大事にし た狐とも」  祐一君はボクが寝ていた間に起こったことをいろいろと話してくれた。  そしてそのどれもがある『奇跡』の上に成り立っている事を。 「……俺が体験した事全てにお前がいた。あゆは長い夢を見てた。自分がいつか体験するはずの世界の  夢を。俺がいて、いろんな人がいて。その中の登場人物だったんだよ、俺もお前も」 「でも、もうボクは目が覚めたんだよ。もう夢の登場人物なんかじゃない」 「だから、これからは俺達が自分達で物語を作っていくんだ」  祐一君はボクの顔を両手で掴んでまっすぐに見つめてくる。ボクは凄く恥ずかしくなった。 「今まではあゆの望んだ物語だった。でも、夢はいつか終わるもんだ。現実は終わらない物語なんだ。  ずっと繰り返されていく物語。ストーリーも一切なし。俺達が全て決めていく」 「きゃ!?」  祐一君はいきなり挟んでいた手でボクの頬を叩いた。 「だから、記憶がないことなんて気にするな。俺も……気にしないでこの街で暮らして、  新しい記憶を、未来を手に入れてる」  祐一君はボクから離れてそっぽを向いた。  横顔が微かに赤くなってる。  照れてるんだ。  思わずボクは笑ってしまった。 「わ、笑うな! 柄にもなく恥ずかしい事を言ったんだから!!」 「ご、ごめんね……ふふふ」  ボクは心に残ってるしこりが少し消えたような気がした。  そうだよね。  ボクはこのやりとりをまたやりたいから、戻ってきたんだね。  これがボクが望んだ『奇跡』なんだ……。 「ごめんね祐一君」  ボクは自然とベットから出て、祐一君に寄っていった。  振り向いた祐一君と顔の距離が一気に縮まって……。  ガチッ。 「……」 「……」  お互いの歯がぶつかった。 「……あゆ!」 「うぐぅ! わざとじゃないもん!」  ボク達は顔を真っ赤にして言い合った。  この声は病室の外まで聞こえてるんだろうなぁ。  そんな事を頭の片隅で考えながら。 「お世話になりました」 「なりました」  病院の人に頭を下げて、ボク達は病院から出た。  これからボクは祐一君のお世話になっている人の家に住むんだって。 「行こうか」 「うん」  ボクの手を祐一君がやさしく握ってくれてる。  ずっと一緒にいたいな。 「何か言ったか?」 「ううん。なんでもない」  ボクが手を握り返すと祐一君は視線をボクから外した。  やっぱり照れてるんだね。  ボクは少し握り方を変えた。  ずっとずっと、一緒にいれたらいいね。  そんな事を思いながら。 「そうだな」  祐一君の発した言葉にボクは驚く。でも嬉しかった。  繋いだ手から伝わる気持ち。  ずっとずっと、いつまでも一緒にいようね。  ボク達は同じ道を歩いていく。  この道が未来まで続いてればいいな。  これが、今のボクの『願い』 『Little fragment』 Fin
 あとがき  長らく待たせてしまってすみませんでした。 『Little fragment』完結しました。  前編書いたのいつよってぐらい待たせてしまいました。  いろいろあったので勘弁してください(汗)  感想をくれれば幸いです。  次の二次SSは僕流のKanon最終章となります。  僕の描くKanonの最後をどうか見守ってください。  ではまたいつか〜  2001年9月4日午後3時10分執筆完了  作者:紅月赤哉