『花束を君に』(後編)  この俺、相沢祐一は最愛の人、栞へのホワイトデーのプレゼントを買おうと思っていた。  一緒に住んでいるいとこの名雪にも助言を貰って結局花にすることにした。  そして商店街に買いにきたんだが、そこで当の栞と出会った……。 「と、言うわけでここにいるわけだ」 「誰に話しているんですか?」  祐一はベンチの隣に座った栞の顔を見た。  きょとんとした表情がまた可愛い。 「いや、なんでもない」  そう言って祐一は手元の弁当へ作業を再開した。  祐一が突然意識を失って、起きてみると公園のベンチに座っていた。  そして栞がにこやかに言ってきた。 『お弁当作ってきたんです。ここで食べましょう』  そして、今に至っている。 「それにしても、栞」 「難ですか?」  祐一にはなんとなくだが栞の言葉の漢字が見えたような気がしたが錯覚と割り切って言う。 「この量を俺一人の分として作るのは、かなりあれだぞ……」  祐一はうんざりした様子で弁当を指差した。  それは軽く五人前はある量だった。しかもそれを祐一一人が食べている。 「栞もアイスクリームばっかじゃなくて、こっちも食えよ」  栞はいつものようにアイスクリームの木のへらを口に含みながら悪戯っぽい笑みを浮かべる。 「だって、そんなに食べたら太るじゃないですか」 「俺は良いのか?」 「そういう事言う人嫌いです」  なんとなくと言うか、完璧に栞はこの話題から話を逸らそうとしている。  祐一は諦めて別の話題を出した。思えばこちらが本命なのだ。 「栞は今……」 「私は祐一さんがいてくれればいいですよ」  栞は祐一の機先を制して言った。その言葉の真意を測りかねる。  しかしその答えは栞がすぐに出した。 「だって、祐一さんってどんなわがままも聞いてくれますし、きっとホワイトデーのプレゼントもあります」 「……俺達限界だな」 「わわっ! 冗談ですよ」 「冗談でも傷つきました」 「真似しないで下さい!」 「そういう事言う人嫌いです」 「ううぅ……」  祐一は、一度本気でそこをはっきりさせなければと思いながら適当に時間を過ごすと栞と別れた。 「結局、何も聞けなかった」  祐一は何かいいインスピレーションが働かないかと思い、ゲームセンターに来ていた。  格闘ゲームのワンコインクリアーなどをしつつ、いつのまにかプレゼントが買えるぎりぎりの金になっている。 「二月の花ってたしかマーガレットだよな」  祐一はうる覚えの知識を総動員して記憶を呼び覚ます。  花言葉は恋占い、誠実。 「……栞には合ってるか?」 「栞ちゃんにはアジサイなんて良いんじゃない?」  祐一は驚愕を隠しつつ後ろを向いた。  そこには予想した通り名雪がいる。 「どうしてここにいる?」 「花言葉はねぇ」  話を聞こうともしない名雪にうんざりしつつ耳を傾ける。 「移り気、浮気、冷酷、自慢家、変節、あなたは冷たい」 「何だそれは!?」 「あるいはヒルガオだね。花言葉は『はかなき恋』」 「……お前、わざとやってるだろ?」 「何を言ってるの祐一」  祐一のやぶにらみの視線を受けても名雪は一向に動じずに言った。 「もちろん本気だよ」 「……」 「冗談」 「……」 「あ、どうして無言で行っちゃうの? 待ってよ。ねえ待ってったら!」  二人の姿はゲームセンターから消えた。 「いらっしゃいませ」  花屋の店員は若い女性で、祐一達――祐一と名雪と変わらないように見えた。  というか―― 「どうしてここでバイトしてるんだ?」 「まあ、いろいろあるのよ」  そう答えてきたのは名雪の親友、美坂香里だった。  私服の上にエプロンをしていかにも花屋の店員といった風貌だ。 「そりゃ、これでラーメンを作ってるって言われたくないわ」 「じゃあ、とんこつラーメン一つ」 「相沢君。話を進めましょう」  拳にメリケンサックをはめながら言う香里から来る殺気を受け流しつつ、祐一は話題を戻す。 「というわけでホワイトデーのお返しに贈る花をくれ」 「どういう訳か知らないけどまあ、いいわ」  香里はそう言って奥に戻ると、数種類の花を持ってきた。 「どれがいい?」 「……どれがどの花なんだか分からない」  祐一は花の名前は分かるがどんな花なのかは全く分からない。  香里は嘆息を突きつつも説明しようとした。 「これは栞ちゃんに贈るんだって」  今まで黙っていた名雪がここで静かに口を挟んだ。  祐一はギョッとした表情になる。凄い勢いで祐一は名雪へと振り返った。 「おい! 名雪……」 「そうなんだ」 「香里!?」  体の後ろから聞こえてきた香里の声の危険さに祐一が視線を戻すと、香里はまた奥に戻っていった。  しばらくして帰ってくる。 「どうして、花が変わってるんだ?」 「これなんか良いんじゃないかしらね」  まったく取り合おうとせずに香里はある花を取り出した。 「これが『アジサイ』。花言葉はね」 「いや、それはもう聞いた」 「じゃあ『ヒルガオ』」 「それも」 「なら、これは? 『キク』」 「どんな花言葉だか知らないが葬式に持ってく花は嫌だ」 「もう、わがままね。どんな花がいいの?」 「もっとまともな意味の花をくれぇ!!!!」  祐一は力の限り叫んだ。声に力があるのなら、この花屋の建物全体が崩壊するぐらいの。 「これなんかいいんじゃない?」 「ああ、それ? 『ツリフネソウ』は私に触れないでって意味よ。少し押しが弱いわ」 「なら、『ミヤコワスレ』は? 別れとかしばしの憩い、でしょ」 「栞がいない事でしばしの憩いってニュアンスを含めれるわね」 「でもやっぱり一押しは『アジサイ』よね」  まったく二人には意味がなかった。  祐一は思わず天井を見上げた。  一体何なんだ? どうして二人は俺の邪魔ばかりするのか。  つーか、嫌がらせだ。  俺の話も聞いてくれないし。  俺には人権無い見たいじゃないか。 「はぁ……」  祐一は陰鬱な気分であまり良い意味じゃない花言葉の花を選んでいる二人の傍を通り抜けると もう一人の店員へと近寄った。  その途中にあった一輪の花を掴んで取る。 「なんか気に入ったからこれでいいや」  ぶつぶつと生気の抜けたような顔になって祐一は花を花束にして買った。 「彼女へのプレゼントですか?」  店員が聞いてくる。 「お幸せに」 「???」  祐一はよく分からなかったが、とりあえずはぁ、とだけ頷いて店を出た。  いつのまにか夕焼けが祐一を包んでいる。なにかやけに哀愁を感じる。 (いろいろあって、今日は疲れたな) 「あ、祐一さん!」  祐一はしまったと思っても、まさか逃げ出すわけにはいかずに振り向いた。  案の定、栞が立っている。 「あ! もしかしてその花……」  栞が目ざとく祐一の持っている花へと視線を向ける。  祐一は観念して花束を差し出した。 「お、おれ……はなこと……」 「祐一さん……ありがとうございます」  栞は顔を夕焼けよりも赤らめて俯いた。  祐一は訳が分からなかったが、どうやら花がとても気に入ったらしい。  適当に選んだと言うタイミングを逃して少し申し訳なくなってくるが割り切る事にする。 (まあ、栞が喜んでるしな)  祐一と栞は夕焼けの中寄り添って歩いて行く。 「何か、ドラマのワンシーンみたいです……」  栞が恥ずかしそうに呟く。祐一は無言で栞の肩に手をやった。  二人の影はどこまでも一つだった。 「はっ!?」  名雪が珍しく鋭い声を上げる。香里も気づいて思わず叫んだ。 「相沢君は何処!?」 「折角私が栞ちゃんにピッタリな『スイセン』を選んだのに!! 自惚れとか言う意味の」 「名雪、人の妹にケチをつけないでよ」  ぐり、ぎりと名雪の頭蓋を音を立てて捻りこんでいる香里にもう一人の店員が告げる。 「ああ、あの人ならとっくに買っていきましたよ」 「ええ!!」  名雪と香里が同時に叫ぶ。 「何を買っていったの!?」  香里の形相に気圧されつつも店員は答えた。 「凄い大胆でしたよ。『ホトトギス』です」 「『ホトトギス』ってどういう花言葉だっけ?」  名雪が首をかしげる。香里もどうやら分からないらしく首を捻っている。  それを見て店員がくすくすと笑いながら言う。 「美坂さん。覚えておいたほうがいいわ。あの花はね……」  店員の顔が少し朱に染まる。  名雪と香里は訝しげにその顔を見た。 「あの花の花言葉は『永遠にあなたもの』」  終わり
 あとがき  後編です。  ありきたりですな。  まあ、ありきたりが好きなので割り切ります。  ギャグでしたね。  苦手なんですが……。  ではでは〜。  結局ホワイトデーは誰にも何もあげなかった紅月赤哉