それは一瞬の出来事でした。
あまりにも速くて、わたしも目で追うことが精一杯でした。
悪夢のような運命が、彼女の元を訪れ、去っていったのです……。
彼女は呆然と力無く地面に座り込んでいました。
わたしはどう声をかけていいか分からずに、そして周りの人々もどう声をかければいいのか分からないようで、結局通り過ぎるだけ。
その中で、一人彼女に歩いて行く人がいました。
そう、鳴海歩さんです。
彼女は鳴海さんを見て困ったように笑いました。
鳴海さんも彼女を見て苦笑いを浮かべました。
そして、鳴海さんが口を開いたのです。
「俺の弁当、少しやるよ」
彼女は申し訳なさそうに言いました。
「申し訳ありません……」
「しょうがない。犬だしな」
鳴海さんは少し離れた場所を指差しました。
そこを見ると、犬が彼女から強奪したパンを食べていました。
それは一瞬の出来事だったのです。
彼女の昼食のためのパンを犬が強奪していったのは。
わたしもご飯を取られようかしら?
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