シルバーコレクター

モクジ

  気持ちを新たに  

『あけましておめでとう。明日、初詣行こうぜ』

 メールの文面に書かれた簡素な挨拶と誘いを、竹内元気は寝ぼけ眼でぼんやりと見ていた。自分がいつしか寝てしまっていたことにも驚いたが、すでに新年を迎えてしまったことにも不快感を得る。テレビはつけっぱなしになっており、新年を迎えたことを祝い、アイドル歌手が歌を流している。慌てて新聞のテレビ欄を確認すると目当てのアーティストは次だと分かってほっとした。
 短く刈り上げた頭をかきつつあくびをすると、目から涙がこぼれ落ちた。

「今年もよろしくっと。あっれ」

 メールを出そうと返信を書いている途中でさらなる着信。四つ連続してメールが届き、どれもタイトルが「あけましておめでとう」と書かれていた。差出人は全員が同じバドミントン部。普段は仲がよいというわけでもないが、律儀にメールを送るところを見ると自分が思うより仲がいいと元気は思えた。

(つまり、俺が一番律儀じゃねぇってことか)

 全員にメールを送るかは横に置いて、来た分については返信しようと文面を作成する。最初に来たのはダブルスのパートナーである田野恭平。そして続いて女子部で自分と同じ部長をしている寺坂知美。そのダブルスパートナーの菊池里香。一通り返信し終えてからまた数件来たものにも返したところで、お目当てのアーティストがテレビに映り、一度手を止める。

(初詣か……)

 去年の同じ時期を思い出す。パートナーの田野と、田野と仲が良いもう一人と一緒に行って女子と遭遇し、一緒に祈った。その時の願いは「一年後にトップに立つ」というもの。気合いを入れすぎたと今でも思うが、トップには全く届かない現実を思い知らされた一年にもなった。今年の願いは何かと考えると間違いなく同じことだが、心のどこかに不安もある。

(神様に祈っても仕方がないってことは分かってるんだけどな……)

 自分にそう言い聞かせていることで、逆に神様にすがろうとしているのではないかと思えて、元気は頭を振って思考を消した。テレビを見ると半分以上曲が終わっていて、損した気分になる。

(ひとまず、明日っと)

 携帯の震えがおさまり、全員への返信が終わったことを確認してから元気はテレビに集中した。

 * * *

 元旦の外はいつもよりも空気が落ち着いているように感じる。誰もが家の中で新年の特別番組を見ながら年賀状を読んだり、雑煮を食べながら家族と過ごしているために、外に出てくる人が少ないのかもしれない。逆に、神社のほうには若者がたまっている。神社へと続く道を歩いていると自分以外にも向かうのか、道の途中には人影がまばらにある。厚手のジャンバーの下にセーター。毛糸の帽子をかぶってマフラーを巻き付けるという完全防備で歩いていった元気は、視線の先に目当ての人物を見つける。
 隣に同じ部活の女子。親しげに話しているのを見て、声をかけようか迷ったものの、最終的には距離があるところから手を振って声を上げる。

「田野ー」

 発した声は冷たい空気の中を伝わって、目的の相手とその相方に届く。田野恭平は同じく手を振って竹内の名を呼び、女子は笑顔を向けてくる。早足で二人に近づいてから元気は先んじて告げた。

「あけおめ。ことよろ」
「よろしく」
「よろしく」

 元気の省略に笑いながら二人は言葉を返した。
 バドミントン部の副部長カップルは元気の目から見て、妬みを感じさせないほど爽やかだ。もうそろそろ付き合って一年が経つのではと記憶しているが、最初は互いに恥ずかしがっている素振りを見せていたものが全くなくなるのを見ると、やはり嫉妬は起こらず心が温まった。

「初詣。田野だけじゃないとは思ってたけどやっぱりか。あとは誰かくんの?」
「後はトモだけだよ。ちょっと遅れるみたい」
「寺坂、どうやら振り袖着てくるみたいだ」
「へー」

 結局は去年とほぼ変わらない面子になったと元気は思う。ただ、これ以上増えるよりは収まりがよく、前を歩く田野と菊池を見ながら寺坂と歩く自分を想像できた。
 周囲を見回すと私服の学生がほとんどだが、ちらほらと振り袖を着ている女性がいる。自分より二つか三つしか違わないであろう女子達が着るものだけで印象が変わる。年が明ける前まで部活で会っていた寺坂もイメージが変わるのかと元気は想像を膨らんでいった。
 そして、三人の近くにタクシーが止まったと思うと、振り袖姿の少女が姿を現した。

「わ〜、トモ! 綺麗!」
「これはスゴいな」

 田野と菊池の影から見る形になった元気は、視界に映った寺坂の姿に目を奪われていた。
 髪の毛を振り袖に合うように整えて、控えめな色合いの着物を着ている姿は普段着の時とは全く違う。全く別の少女に見えて、元気は心臓が高鳴った。自分の心臓の音に邪魔されて動けない間に田野と菊池は寺坂と新年の挨拶を交わす。その後で、後ろにいた元気に寺坂は近づいて声をかけた。

「竹内ー。あけましておめでとう。今年もよろしく」

 一度声をかけられた時に、元気は反応できなかった。不思議に思った寺坂が首を傾げているのを見てようやく元気は反応する。

「あ、ごめん。あけましておめでとう。今年もよろしく」
「もしかして見惚れてた? いいでしょー。おばあちゃんに買ってもらったんだ」

 寺坂は笑顔で両腕を上げてその場で軽く体をひねる。元気はほぼ全身を見せられてから何かを言おうと考える。だが、頭の中が混乱して上手く言葉が出てこない。

「……あー、これが孫にも衣装ってやつだな!」

 元気の言葉に呆気にとられる三人。その反応に元気は更にテンパったが田野が助け船を出してきた。

「それ、孫じゃなくて馬の子だからな?」
「お、おおー。てか、ギャグに真面目につっこむな!」

 二人のやりとりに笑いが起こり、収まったところで境内への移動を開始する。元気達の住む街にある神社は小高い場所にあり、入り口の前だと車が止まれるようなスペースがあまりないため、坂の下から歩き出す。元気の予想通りに田野と菊池が前に。元気は車道側で寺坂が歩道側という形で進んでいく。近づくほどに人の列の密度が高まり、速度が遅くなった。新年の初日ということで参拝する人数も多いのだろう。立ち止まると田野と菊池は二人で会話を始めてしまい、元気は自然と寺坂と会話になった。

「なあ。調子はどうさ」
「んー? 新年はゆっくり休んで、学年別に向けてラストスパートしないとなーとは思ってるよ」

 冬休みが終わり、一月の末に開かれる学年別大会。上級生が引退して中心学年となった元気達が目指す場所。名前の通り学年で別れるため、同級生の中での実力が計られる。元気と田野は現在、市内では二位。一位とかなり実力差がある中での二位であるが、一月末までに何とか力を付けて一位を奪取しようと考えていた。寺坂達も同じく二位であるため、自分と同じような気持ちのはずだと元気は考える。

(寺坂達は十分勝てる可能性はある。問題は俺と田野だな、本当に)

 歩みが遅くなることで自然と会話が多くなる。大半はバドミントンのこと。女子と男子で同じ体育館でも練習は別のため、各々の問題点は異なる。
 バドミントンの話題には前の二人も乗ってきて、いつしか四人で会話を続けていた。

「それでさ――」

 会話の中で、寺坂の言葉が急に途切れた。竹内はとっさに寺坂の視線の先を見て、そこに見たことがある後頭部を見つける。人の波によって見えづらいが、隣には頭一つ小さい人がいる。自分達と同じように初詣の為に並んでいるのだろう。寺坂の動揺に気づいた菊池と田野もまた前を向いて元気が見ている人影を発見し、先に答えを口にした。

「相沢先輩じゃない? あれ」

 菊池の言葉に力なく頷く寺坂。その意味は三人とも分かっているため特に追求はしない。途切れた会話は何事もなく再開したが、元気は寺坂の表情を伺いながら考える。

(諦める諦める言ってるけど、やっぱり辛いんだろうな)

 寺坂が一つ上の先輩のことを好きだということは知っていた。元気もまた女子部の先輩が気になっていて、互いに自分の恋愛相談をした仲だ。元気のほうは恋愛感情というよりも憧れのほうが強いと悟ったと同時に感情は薄れて早々に諦めることができた。だが、寺坂の方は小学校の町内会のサークルで一緒にバドミントンをしてきた時からほのかな感情を抱いてきたのだ。しかし、相沢が同学年の女子と付き合ったことで彼女の入る隙はなくなり、二人の話は寺坂が相沢を諦めようとしてもしきれない愚痴を聞くことにシフトしていった。

「おっとと」
「うわっ」

 唐突に寺坂がバランスを崩し、前に倒れそうになったのを元気は隣から手を伸ばして支えた。振り袖ごしに寺坂の体温を感じ取り、顔が熱くなる。一方の寺坂は特に照れている様子もなく元気へ礼を言って歩みを再開した。

(ったくよ……別にいいけど、意識されないのも癪だ)

 感情が顔に出たのか、後ろを向きながら歩いている田野の表情が呆れたものに染まっていくのが見えた。元気は無視して会話を続ける。
 やがて、十数分経ったところでようやく境内までやってきた元気達は人波の隙間から五円玉を入れて手を合わせる。目を閉じている間に元気は薄目をあけて寺坂のほうを見た。寺坂は目をきつく閉じて会わせた両手にも力を込めながら願い事をしていた。真剣に願う様に元気も気圧されて、目を閉じて学年別のことについて願う。

(今度こそ、あいつ等に勝てますように)

 脳内に浮かぶライバルダブルス。試合の光景を思い起こせるほどに、何度も脳内で再生してきた。脳内の自分は最初は食らいついていくものの、最後にはラケットからシャトル一個分先に着弾してしまう。イメージの仲でも負けるのだから、現実でも負けるのは当然だ。

(ぜってー見つけてやっからな。勝つところ)

 最後に両手を大きく一度打ち合わせて、元気は目を開けた。すると傍にはすでに祈りを終えて元気を待っている三人の姿。注目されていたことによる照れを隠すために悪態をつきながら先頭で歩き出す。おみくじを引く目的だったが、その先に見知った人物を見つけてしまった。ちょうど相手も同じタイミングで元気達を視界に入れたのか、手を軽く挙げて声をかけてきた。

「よう。あけましておめでとう」
「おめでとう〜」

 相沢武と川崎由奈。先ほど見かけた後頭部の人物と、隣にいた人。浅葉中バドミントン部でも公認の恋人同士だ。
 三年のインターミドルを終えて部活を引退してからたまに部活に顔を出していたが、十一月以降は顔を見せていなかったために、元気に取っては二ヶ月ぶり。学校でも一、二年と三年は校舎が異なるため帰る時間帯やどこかに移動する間にしか会わない。久々に見た先輩からはオーラが出ていて元気は気後れしてしまう。
 近年の浅葉中バドミントン部の中で間違いなく最強のダブルスの一人。進路を特に聞いてはいなかったが、高校でもバドミントンで活躍することは間違いないと思えた、元気と田野の目標だ。

「先輩達。今年もよろしくお願いします」

 気後れする元気をよそに、田野と菊池。そして寺坂も二人に挨拶する。二人はともかく寺坂が自然に挨拶するのは凄いと元気は素直に感心する。遅れて元気も挨拶した後で、相沢が寺坂へと言った。

「寺坂。本番前に一回くらい打つか?」
「え、い、いえいえいえ! いいです! 部活で何とかしますから!」

 気さくに話しかける相沢に緊張して応対する寺坂。慌てる様子を田野と菊池は暖かい目線で見守っている。寺坂の反応を面白がるように相沢は笑って、川崎と共に離れていった。後ろ姿を見送った後に元気は寺坂に囁きかける。

「なあ、まだ先輩と会ったりするのか?」
「え、うん。たまにスポーツセンターで打ってもらってるんだ。十月から」

 十月という単語に元気は少しだけ引っかかる。代替わりをした直後、女子部は少しいざこざがあった。部長である寺坂が辛い思いをしながらも奔走した結果、解決して今は平穏な状態にある。十月はちょうど解決したあたりだ。

(先輩に何か助言でももらったのかな)

 部活のことについてはやりとりをしていた元気だったが、その当時はほとんど会話できなかった。寺坂は一人で解決しようと抱え込んでおり、悪循環だというのは見ていて分かっていたものの、動けなかった。
 だからこそ、寺坂が問題を解決した時はほっとしていたのだ。
 その解決に先輩が絡んだのは、特に元気には問題はない。ただ、寺坂の心情としてはどうだったのかどうしても気になった。

「それで、よかったのか?」

 どういう答えを期待したのか自分でも分からない。自分を頼ってほしかったとも言えない。寺坂がどう答えてくるかも想像がつかない。
 言った後で後悔したまま、寺坂の言葉を聞く。

「ん? ああ……いいよ。私は私で、何とかね」

 寺坂はそれだけ言って微笑んだ。表情には清々しさがあり、元気には何かを吹っ切っていることが分かる。それは相沢への思いかといえばそうとも言えないだろう。まだ、話している時に彼への感情がにじみ出ているように元気には聞こえる。
 でも、相沢への思いを諦めきれずにいるということではなく、変わろうとしているのかもしれない。
 元気は形にならなかった感情をようやく整えて、呟いた。

「……ま、別にいいけどさ」
「ん? 何だったの?」
「別に。なんでもねぇさ。行こうぜ」

 一足先におみくじを買っている田野と菊池のところを指さすと、寺坂も頷いて歩き出す。元気は寺坂の後ろをついて行き、転びそうになったら支えてやろうと思っていた。
 自分の中の感情が熱くなり、かき乱されるのを落ち着かせるために深呼吸して冷たい空気を取り入れる。
 体内の空気が入れ替わると共に心も少しだけ落ち着かせると、違った景色が見えてくるような気がしていた。

「俺も、何か変わる必要、あるのかな」

 ぼんやりと呟いた言葉だったが、心のどこかに引っかかる。結局正体は分からず、おみくじを引く間に引っかかりを忘れてしまった。

(いつか、分かるだろ)

 忘れてしまったものが近い内に自分の前に現れる予感を覚えつつ、元気は仲間達とつかの間の休みを過ごしていった。
モクジ
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