君のいない街





粉雪が舞い散る、思い出の街。
君はもう、何処にも居ない街。










ネオンサインが夜空を照らす。
その中を、僕は一人で歩いていく。




















今までは一緒に通っていた学校に続く道。
お互いの用事が済むまで待って、一緒に歩いた学校からの帰り道。










春先に綺麗な花が咲く人家の庭を、君と見ることは二度と無い。
『綺麗だね』そう言って、長い間その花を眺めていては家の人に見つかって。
そのたびに、その家の人は君に花をあげていた。



春になると必ずあったそんなやりとりを見ることも二度と無い。



冬の今、草花は皆、雪に覆われて真っ白で。
あの頃の風景は、見る影も無い。










二人で遊んだ小さな公園。
青々とした葉を茂らせた木の下は、ちょうどいい日陰になっていて。
遊び疲れた僕たちは、よくそこで、手をつないで眠ってた。
空がオレンジ色になるまでそうしていて、買い物帰りの母に見つかって。
『こんなところで寝てたら風邪ひくでしょう』と、よく二人で怒られていたっけ。



そんな思い出を胸に、触れた幹は今はとても冷たくて。
あの頃のような温かさは、きっと夏がまた巡ってきても、感じることは無いんだろう。










道路に続く、銀杏並木の下を歩く。
綺麗に黄色く色づいた木の葉が、風に揺らされ降ってくる。
『競争しようよ!』どちらが先に、落ちてくる葉を取れるか競争しよう。
そう言って、一緒になって一生懸命、風と葉と格闘する僕たち。

今見上げる木々は白く、遥か頭上から降り注ぐのは、木の葉ではなく冷たい雪。
深夜の道路は車もまばらで、時々行き交うそれらのライトに照らされながら、僕は先へと進んでいく。



まるで、これからの人生のような寂しい道を、僕は一人で辿っていく。










遠い雪の日、校庭は今のように、雪に覆われて真っ白になっていた。
降り積もった雪の新しいところを踏みしめるたび、嬉しくなってはしゃいでいた。
『それっ!』――掛け声と一緒に、背中に衝撃。
思わず僕は、新雪の中に突っ伏す。
『へへーっ。討ち取ったり♪』起き上がって振り向くと、そこには雪玉を持った君が居て。
『やったなーっ!』近くの雪を鷲掴み、お返しに投げつける。
気が済むまで、夜中の校庭で、僕たちは雪遊びをした。
広い校庭に積もった雪はすっかり足跡だらけになって、僕たちは余力を振り絞って一緒に雪だるまを作る。
広い校庭の雪で、自分たちの背丈くらいの雪だるまを作ったけれど。
僕らだけじゃ頭を持ち上げられなくて、胴体の横に頭を転がした。
校庭の周りに生えた木の、雪の重みで折れた枝を拾って頭につける。
細長い目の雪だるま。すぐに降り続いている雪に覆われて消えてしまうだろうけど、僕らはそれの前に、太めの枝で文字を書く。
『おやすみ中。起こすなキケン!』
子供だった僕たちにとって、先生たちに内緒で学校に忍び込んでの雪遊びは大冒険だった。
雪だるまはその記録だ。文字の下にお互いの名前を書いて、僕たちは顔を見合わせて笑った。
『楽しかったね』
『楽しかったね』
最後の仕上げに持っていた枝を雪だるまの両端に刺すと、両手を広げて居眠りする雪だるまが完成。

僕たちはもうヘトヘトで、家に帰るのも大変な状態だった。
そんなことだろうと思って迎えに来てくれた親たちに、結局帰りはお互い送られて帰路に着く。
学校に行くことは伝えてあったけど、親に言われた時間を過ぎてしまったので、家に帰って苦笑交じりの両親に怒られた。



次の日もやっぱり雪で、僕たちが作った雪だるまは、のっぺらぼうになっていたけど昨夜と同じに校庭の真ん中に寝転がっていた。
『誰の仕業だ!』とそこで騒いでいた先生たちだったけど、その顔は皆笑っていて。
秘密を共有する僕たちは、やっぱり顔を見合わせて、得意になって笑った。



雪に書いた署名は消えても、確かに残った僕らの思い出。









『またやろうね』と、指きりをした君はもう居ない。










そうして僕は、今は一人。
背が伸びて、簡単に乗り越えられるようになった校門を越えて。
昔感じたよりずっと狭い校庭の真ん中に、新雪を踏みしめて歩いていく。

……ちょうど、このあたりに雪だるまを作ったんだ。

校庭の真ん中に立って、そのまま後ろに倒れ込む。あの日作った雪だるまのように、両手を広げて。






空は厚い雲に覆われていて、そこから雪が降ってくる。
僕はその雪を受け止めながら、目を閉じた。










君との色んな思い出が、幾つも心に浮かんでくる。



二度と戻ってこない愛おしい日々。



二度と戻ってこない君。










君を思って目を開ける。
起き上がると、僕のコートに少し雪が積もっていて。
それを払いながら、立ち上がる。










校庭を見回して、虚しさに駆られる。



どうしてこんなに狭いのに、






こんなに広く感じるのだろう。










理由は知れている。
君がここに居ないから。










いつも二人で立っていた場所に、今はもう、僕一人だから。










この世界に、僕の心に、君一人分の穴がぽっかりと空いている。










僕はもう一度、後ろに倒れた。






顔を覆って大声で泣いた。










君が居ない。






君が居ない。










それをようやく実感したから。
それを真実だと、僕はようやく認めたから。






認めるための、小さな旅は終わりを告げて。






君の居ない帰り道を、俯きながら歩いていく。










白い街路樹



冷たい木



静まり返った冬の庭






それら全てを通り過ぎて、僕は一人、家路に着いた。










記憶の中の君が、何処に行っても笑っている。



記憶の中の僕と、二人一緒に笑っている。






ああ何て。

何てそれは、素晴らしい思い出だろう。






二度と還らない君。
二度と還らない世界。






戻らないからこそ、美しい世界。




















君が居ても、居なくても。

僕は未来に進んで行かなければいけなくて。






目まぐるしい日々の中、この思い出は変わっていくのだろう。






今歩いてきた、いつも通っていた道が、見覚えの無い景色になってしまったように。






僕は僕の中で、何度も思い出をすり替えていくんだろう。










それでも僕は、忘れない。



今日のこの日を忘れない。



どんなに時が流れても、君との思い出が、どんなに僕の中で変わっても。






君という存在を、僕は決して忘れない。



この日の涙を忘れない。



君の最期の笑顔を忘れない。










どんな大人になったって、僕にとっての君は、いつまでも。






大切な、大切な友達で、親友で。
親友以上の君なんだ。











あとがきです。





競作テーマが『冬』ということで。私の中で、『雪』は欠かせないものでした。
地元にあまり降らないもので、雪に対して面倒さよりも憧れの方が強かったりするのです。

問題は、どのような話にしようかというもので。自分のことだから、結局寂しい話になるんだろうと予想はしていましたが。
……まさか、ここまで寂しい話になろうとは。しかも、当初ごっつ短編になろうものが、改行しまくったせいかかなり長く……(汗)

今回、下川みくにの『君のいない街』をひたすらBGMにしていました。
短い歌なんですが、大好きなんです。雪の街の情景が浮かんできて、寂しくて、でも寂しくなくて。
何とも言えない感覚でひたすら打っていったらば、何とも言えないものになってしまって…分かりづらくてすみません。

赤哉さん、今回は競作に誘っていただいて、本当にありがとうございました。






02.12.10.TUE. 柚木葵・拝