THE MAN I LOVE


「おつかれさまでしたー」
 俺はそう言いながら事務所で一息ついていた。
 ・・・神楽坂のヤツが更衣室に鍵をかけてるからだ。
「耕治、おつかれ〜」
 呑気に神楽坂は気にした様子もなくそう言ってくる。まぁ、いつものことだしな・・・
「おぅ、明日は休みだな。しっかり休めよ」
「耕治ぃ、オヤジくさいよ」
 半分は本気だった。
 ウェイターとしては人気があるけど力仕事がからっきしではなぁ。
 そう思いながら更衣室のドアを開ける。
 かすかに女っぽい香りがするような? …気のせいか。
「さて、帰るか…ん?」
 着替え終わってふとロッカーのすみに見えたモノ…
 女性の下着…お世辞にも色気に欠けるスポーツタイプのブラだった。
「…俺じゃない。今日は店長は休み…マジかよ…」
 思わずつぶやいてしまう。
 そこへ外からバタバタと駆けてくる音、間違いなくこっちに向かっている。
「やべっ」
 俺が悪いわけでないが慌ててブラを手にして自分のロッカーに隠れることにする。


 と、ほぼ同時に誰かが入ってくる、鍵のかかる音…神楽坂か。
「しまったなぁ…耕治はいない、ってことは遅かったのかなぁ…アレ見つかったよなぁ」
 何か探しながら神楽坂がつぶやいている、ロッカーの隙間からのぞいているのでどういう状況かまでは分からなかった。
「どうしよぅ、せっかく耕治に打ち明ける決心がついたのに…きっとヘンな奴って思ってるんだろうなぁ、僕だってこんな形で出会ってなかったら…」
 何を言っているか半分は分かる。手の中に動かぬ証拠がある、とはいえ開き直られたら困るのは俺だが。
 しかし、こんな形?
 どういうことだ?
「もう、ここにこないかもしれない。でも耕治に伝えたかった、好きだって…きっと僕のことをヘンなヤツって思ってるんだろうし僕がこうしている理由も伝えれなかった。でもいつか分かる時が来るから、それまでは耕治のことは忘れるね」
 ちょうどロッカーの正面に背を向けて立っている、出ていくなら今だ。
 …出ていく? 出てどうするんだ、でもここで行かせる訳にはいかない。
 行動が考えより先走っていた。


「神楽坂…」
 音を立てないようにゆっくりドアを開け、逃げないように後ろから両手で抱きしめる。
「きゃっ…こ、耕治、聞いてたの?」
 振り返らずに俺の腕の中で呟く。
 俺は答えずに、
「んんっ…」
 少し腕の力を抜いて神楽坂を振り向かせる。と同時に強引に唇を奪う。
 肺の空気を吸い出すように濃厚なディープキス、
 …初めてのキスが神楽坂かよぅ…でもやっぱりこいつは女っぽい。いや、女なんだろうな、唇の柔らかさと甘さが俺にそれを伝えていた。
「耕治ぃ…」
 思ったほど抵抗はなかった、むしろ一瞬の驚きのあとは俺に身を委ねていた。
「すまん」
 何でこういう行動に出たのか自分でも分からなかった。
「ひどいよ」
 ……
 沈黙が心に痛く響く。
「僕はこんなに嬉しいのにさ、どうして謝るんだよ」
「嬉しいのか、神楽坂は?」
「うん、すごく嬉しい。だって耕治の気持ちが分かったんだよ」
 曇りのない笑顔が立証していた。


「あのさぁ、耕治の部屋…行っていいかな?」
 余韻を破るかのように神楽坂が切り出す。
「……いいぜ」
 明日は2人とも休み、神楽坂なら泊まっていっても怪しまれずに済む。それに聞きたいことはある。
「じゃあ、行こっか」
「いいけどなぁ、手組むなよ」
「えー、キスしてくれたのにぃ」
「…外に出るまでおあずけ」
 コイツが男だったらとんでもないコトになるんだけどなぁ…でもヘンな気分というか…


 寮まで神楽坂と手を組んで歩く。途切れることなく続く会話、
 子供が欲しい玩具を手に入れたときに似ている。
「入り口までな、葵さんや日野森に見つかったらシャレにならん」
「ぶー」
 こいつってこんなに子供っぽかったか? 女っぽいとは思っていたがなぁ。


「着いたぞ」
 幸い誰にも会わずに部屋に戻ってこれた。
「へー、耕治の部屋ってけっこうキレイなんだぁ」
 1ヶ月だけの生活だしな。
「あ、お茶入れるね」
「お、おい」
 初めての部屋だっていうのにキッチンでお湯をわかすか? まぁ、ゆっくりさせてもらうか…
「はい、お茶」
「お、ありがとう」
 ニコニコしながら差し出す神楽坂、やっぱりキスが効いたのか?
「こうやってみると恋人同士みたいだね?」
「その前にだ、お前が女ならな」
 さすがにハッキリさせたい、答は出ているだろうが。
「更衣室で聞いたでしょ」
 声のトーンを落としてつぶやく。
「こうしている理由ってことか? それはお前が言うかどうか決めることだ。恋人同士でいたいなら俺を安心させてくれ」
「えー、キスしてくれたのにぃ」
 …ずっと言われそうだな。
「耕治が言葉じゃなくって体で気持ちを教えてくれたから、僕もお返し」
 ベッドを見やりながら嬉しそうに言う。
「飲んだら帰れ、帰れなくなっても知らんぞ」
「いいもん、明日休みだし、家には電話したし」
 苦し紛れの策もあっさり破られる。


「本当にいいんだな?」
「うん、大好きだよ。耕治」
 一つしかないベッドで2人して寝る、しかも男かもしれないってのに…
 でも、そんなことはどうでもよくなってきた気はしていた…


 おしまい。



あとがき
神楽坂潤クンです♪ 男装の麗人ってのは周知の事として、耕治はどう見てたのでしょうか?
もしかしたら男かもという疑念の中、深みにハマっていく耕治(笑)
ある意味ダークです(爆)