夏景色


「あぁ、ここでかまわない。世話になった」

俺はヒッチハイクで乗せてもらった豪快な親父に礼を言う。

「しっかし、暑ちぃ…」

確か今日はすでに7月半ば。もはや夏真っ盛りと言うやつだ。

蝉も全開で鳴きまくりだ。

「ったく…。なぜ夏と言う奴はこうも暑いんだ…」

俺の来ている服が黒いから、と言うツッコミ無しでだ。

「まぁいい、商売と行くか…」

さっそく今日の路銀稼ぎの為にポケットに入っている人形をとりだす。

手頃な電柱の下で座り、地面に人形を置く。

そして、手の平をかざし人形に力を込める。

ぴょこ、ぴょんぴょん。

よし、しばらく動かしていなかったが、なまってないな。

人形に込めた力を解き、俺は目の前を過ぎる二人の姉妹にねらいを絞る。

「君たち、お兄さんの不思議な人形劇を見ていかないか?」

二人は困った顔をしながらも。

「ちょっとだけなら、いいよ」

よっしゃぁー、食らいついた。後は華麗なる人形さばきを見せればOKだ。

「さぁ、楽しい人形劇の始まりだよ」



「……………………」

見事に撃沈だ…。

最初は驚いていた二人だったが、徐々に飽きていったらしく。

「で、どうしたいの?」

「お姉ちゃん、これオチは?」

子供に厳しいダメ出しをくらった…。

ってか大道芸人失格?

「ふう〜」

深呼吸で気を取り直そうとする。

「ラーメンセット一つ…」

かなりの重症だ…。



その後も連敗が続く、時に子供に再起不能な言動も吐かれりもした。

今日の飯代も稼げないまま、俺は寝床を探した。

「まぁ今日はここでいいや…」

適当な廃屋を見つけて横になる。疲れているからすぐに眠れそうだ。

ぐぅ〜

「腹へった…」

明日こそは金を稼いでこんな町出ていってやる…。



「……………………」

いつの間に無くしたんだろう?

朝起きて、尻のポケットに違和感があり、探って見ると案の定、人形を落としていたらしい。

「…ラーメンセット大盛りで…」

精神状態が限界です…。



暑い…。朝から人形を探しをしているがなかなか見つからず、日は上まで昇ってしまった。

「まったく、なんで俺がこんな事、せにゃ、ならんのだ…」

とは言う物の、商売道具を無くしては大道芸人として、生きていけないのだ。

必死に探す俺の姿を町の人がめちゃめちゃ怪しい目で見てるが知ったことではない。

「うがぁーーどこだぁーーーー」

精神が限界を超えたようだ…。



影が西に落ち始める頃、俺の意識も落ち始めた…。

「…無ぇ、どこにも無ぇ…」

まるで廃人同様だ。

結局昨日、芸をした電柱の所まで戻ってきていたらしい。

「…今日が俺の最後か…」

…あぁ、翼を持った少女が俺の目の前を飛んでる〜。

かなりマズイ。

「あのぉ〜」

死にかけの俺に女の子を連れた母親らしき人が話しかけてきた。

「これ、あなたのですよね?」

さしだした手の平にはくたびれた人形があった。

「昨日の夕方、人形を見せてくれたお兄ちゃんが落としたって家の子がもってきて…」

あぁ〜、確か最後の最後で子供に芸を見せて…。

………置きっぱなしだよ、人形…。

「それで、すぐ、その場所に行ってみたんですが居なくて…」

「今の今まで探していたらこんな時間になってしまってすみません」

深々と謝られる。

「そんなに謝るな、落とした俺も悪かったんだ…」

自分の子供のしたことをかばおうとしてんだな…。

「拾ってくれた礼に、こいつを使った人形劇を見せてやる」

俺は人形に力を込める。

ぴょこ、ぴょこぴょこ。

「ね、ね、お母さん、すごいでしょ」

まるで自分の事の様に子供がはしゃいでいる。

クルクル、コテッ

成功するように見せて失敗する、お約束のボケも忘れない。

ここでフィニッシュ。

パチパチパチ

観客が少ないせいか拍手も味気ないが、なんだか嬉しい感じだ。

「楽しかったです。ありがとうございました。えっと、これ見物料です」

母親から、千円札とパンをもらう。

「こんなに、いいのか?」

「子供がこんなに喜んで居るんです。かまいません」

「…すまない」

帰り際に子供が手を振ったので、軽く返してやる。



パンを夕食にした後、千円札を見ながらひとしきり今日の親子の笑顔を思い出す。

「…まぁ、悪くない」

口元を微笑ましながら、寝るために横になった。



そろそろバスの時刻だ。

今日、俺はこの町を離れるつもりだ。

バス停に行く前に昨日の金でコンビニに寄って朝飯を買った。


プシュ〜

バスの扉が開くとクーラーのひんやりした風が気持ちよかった。

途中、昨日の親子に会ったあの電柱の近くを通った。

三日だけだったがこの町でのいい思いでになった気がする。

「…しかし次の町はもっと芸人に優しい町を望むね…」

そう言いながら俺は深い眠りに落ちた。

その後、寝過ごした俺は、有り金ギリギリまでバスに乗ることになった。

そしてある町に降りる事になる。

俺が探し続ける、翼を持った少女のいる町に…。