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Dear My Friend

「また、今度ね」

 久しぶりに電車に揺られて都会に出ると、どちらが東なのか西なのか方向が分からなくなった。
 改札口は二つしかないのにどちらから出るのか分からなくなったあゆむは両サイドの改札口からちょうど同じ距離になる場所で少しの間、左右を眺めてから意を決して右方向へ向かう。改札を出たところでようやく見覚えのある景色になってほっとした。そこに背中を軽く叩かれて悲鳴を上げてしまう。

「きゃっ!?」
「うわっ!? ご、ごめん」

 振り返った先には待ち合わせしていた相手がいた。自分が、背中を叩かれて驚かされたのだと悟って一気に機嫌が悪くなった。

「勇。もう帰って良い?」
「ごめん。マジで。謝るよ。久しぶりに会えると思ったらテンションあがってさ」

 裏のない顔でストレートに好意を告げてくる勇にあゆむは顔が熱っぽくなるのを抑えられなかった。大学に進学してから生活スタイルも住む場所も違ってしまった彼氏に久しぶりに会えると興奮していたのは自分も同じ。ただ、自分はその思いを出すのは負けたような気がして素直に表せない。

(卑怯だ。ほんと卑怯)

 心の中で思っている感情の半分は八つ当たり。それでも思うだけならタダと考えて、あゆむはひとまず溜飲を下げる。出会い頭の怒りはすぐに昨日まで抱いていた期待に押し流されていった。

「さて、じゃあ行こうか」
「うん。案内よろしくね」

 あゆむは自然と勇の左側に回って手を握る。指を絡めた恋人繋ぎ。中学の頃は恥ずかしさたのめにできなかったが、今では逆にしていなければ落ち着かない。

「それにしても。高校の場所くらい調べてこいよな」
「いいじゃない。そっちは市民なんだから。地元でしょ?」
「全然。生活圏内違うし」

 駅を進んでいき地下鉄へと向かう。何度か友達と映画を見るために来ていた場所だったが、駅から歩いていけるような場所を選んでいたために地下鉄に乗るのは初めてだった。普通の電車に乗ることと変わらないはずなのに、妙に緊張して券を買うのに慌てながらも何とか改札を通る。そこから先は勇の背中についていけばそれで良かった。口ではめんどくさいと言いつつも、勇が異動するコースを自分で考えて実践するのが好きなことは知っていた。今回も目的地までの行き方を自分で調べるのは少しも苦ではなく、実際に軽く調べてはいたが、あえて任せてみた。
 勇の背中を見ているだけで人の流れの中でもスムーズに進み、地下鉄を乗り継いでいく。最初の路線からすぐ降りて、別の路線に乗り換えて数駅進んだ先からは徒歩で五分ほど。自分でも調べておいた予定通りに進むことで、勇と同じ思考を辿っていると感じると嬉しくなって笑みがこみ上げてきた。

「なんか楽しいこと、ある?」
「そりゃあ久しぶりに彼氏とデートですから」
「……そっか」

 照れて視線を外し、前を見る勇が可愛らしく思える。自分よりも二十センチは高い身長に厳つい体。高校三年間をバスケットに捧げた体は今はどうしてかバドミントンに捧げているらしい。部ではなくサークルではあるが自分の影響でバドミントンに興味を持ってくれたというのは嬉しくなる。

(同じ大学に入ってサークル入れればなぁ)

 まだ高校二年生だが、学力的には勇と同じ大学への進学は可能であり、夢ではない。将来的にはキャンパスの中を二人で歩ければと考えたところで、勇の足が止まった。

「むぎゅあ」

 とっさのことであゆむは足を止められず、勇の背中にぶつかってしまった。勇は顔だけを向けて呆れたため息をつきながら告げる。

「ついたぞ」
「ありがと……って、凄いね」
「さっきから見えてただろ。そんなんだからぶつかるんだよ」

 勇は改めてあゆむの前から横にずれて視界を広くする。あゆむの目に飛び込んできたのは校門を覆うように作られたアーチ。手作りの門が大きく学校祭の文字を宣伝していた。
 札幌静修高校学校祭。自分が通う高校以外の学校祭に参加するということで改めて興奮してきた

「へー、こんなになってるんだ。うちの高校もこれだけ気合い入れればいいのに」
「外見は確かに凄いかもな。中は同じくらいなんじゃないか?」
「はいろはいろ!」

 今度はあゆむが勇の手を引いて進んでいく。一般開放日だけに大人や他の高校の学生服を着た同年代も多い。あゆむも本来なら制服を着なければいけないが、勇とのデートということもあり着てはいない。友達と集団で来ているような学生やカップルの姿も散見された。

「さって。美緒はどこかな」
「やっぱり朝比奈さんが目的なんだ」
「そ。学校祭は真面目に参加するって言ってたからさー」

 ほぼ半年ぶりに会う友達の名前を呟くと嬉しくなる。バドミントンをするために地元から離れた高校を選択した朝比奈美緒とあまり会わなくなっても寂しく感じることはなくなっていた。
 高校一年の当初は少し寂しい思いもしたが、自分の世界が高校の中でも形成されていくと共に中学時代の友人は過去のものとなる。市内に住んでいるのは変わらないのだから会おうと思えば会えると本気で思っていたが、実際には生活リズムも行動範囲も異なってしまって、たまに会えれば運が良かった。それでも市内の高校に通う面々には集まってカラオケやボーリングなど楽しんだものだが、市内から離れた朝比奈にだけは初詣くらいしか会う機会はなかったのだ。
 玄関のところで学校祭のしおりを受け取った二人は二年生の教室へと足を向ける。校舎は四階立てで上から順に一年、二年、三年のエリア。自分の高校と変わらない構成に妙に納得しながらあゆむは朝比奈のクラスの出し物を探していく。

(確か、美緒は……)

 階段を上りながらしおりの中を探していく。以前聞いたことのあるクラスの名前を見つけたところで、二階に辿り着き、同時に朝比奈のクラスを視界に捉えていた。そして、胸の中に一気に広がる期待に笑みがこぼれ落ちる。

「どうしたんだ?」

 堪えきれず笑い出すあゆむの異様さに引き気味になって尋ねる勇を後目に、あゆむは早足で朝比奈のクラスへと進む。

「いらっしゃいませー」

 入り口にいた女子が声をかけてきて、あゆむはにこりと笑いかけてから指を二本立てた。堂々と入るあゆむと女子の格好に動揺しながら入る勇。対照的な二人を見ても周りの客や接客をする女子には特に反応はしていなかった。男女の反応は似通ったものらしい。
 あゆむは喫茶店のテーブルのように配置され、テーブルクロスをかけられた机と椅子に勇と二人で腰をかけるとすぐに目当ての人物を捜し当てる。
 自分から捜す必要もなかった。何しろ、相手から近づいてきたのだから。

「ご注文はなに、に……」
「やっほー、美緒。似合ってるよ。そのメイド服」

 あゆむの言葉に顔を真っ赤にして朝比奈は黙ってしまった。
 朝比奈のクラスは接客する女子がメイド服。男子がタキシードという喫茶店だった。全員が着ているというわけでもなく、主に接客している男女で、しかもあゆむから見れば美男美女。朝比奈も着飾れば綺麗になることは中学時代から知っていただけに、朝比奈と同じクラスの女子は彼女の良いところをちゃんと見ているのだと嬉しくなる。

「く、くるんならあ言ってよ」
「それだと面白くないでしょ。面白い物見れるかなって思ったけど、まさかメイドさんとは思わなかった」

 動揺のためか呂律が回らない朝比奈は、あゆむの追撃に完全に沈黙した。見かねた勇があゆむをつつき「それくらいにしておけ」と目で告げてくる。あゆむも笑顔は崩さないままにテーブルの上に置いてあるメニューから珈琲を二つ頼むと、解放されたことにほっとして朝比奈は去っていく。その後ろ姿を見ながら口が自然に動いていた。

「人形みたいね」
「似合ってはいるな」

 勇の言葉に心の中で頷く。テレビでたまに見かける「メイド」というイメージそのままの服。黒を基調にところどころに白が混じっていて、何よりも少しふわりとしたロングスカートが印象的だ。

(美緒にはロングスカートが似合うわね)

 中学時代、彼氏との初デートの見立てた服もロングスカートだった。
 あゆむ自身はミニスカート派だが、朝比奈の雰囲気には長い方が合っているという確信があった。教室内の視線を追ってみると、やはり朝比奈に一番集まっている。何人も綺麗どころや格好いいどころがいてもなお、朝比奈が一つ大きい輝きがあった。

「口で言うほど拒否もしてないみたいだし。いいことね」
「中学時代とはだいぶ変わってるか?」

 勇は中学時代の朝比奈をほとんど知らない。あゆむの目から見て、どれだけの変化があったのか、久々に見て分からないことは多い。それでも接客の合間にクラスメートと会話を交わしている姿は中学最後のほうで自分達と過ごしていた時期と変わらない。

「うん。元々、美緒はもう心配ないんだから」

 心配だったのは自分だけ。言葉の外に思いを隠して、朝比奈が珈琲を持ってくるのを眺める。傍に来た朝比奈はまだ照れながらも笑顔で二人に珈琲を出すと小さくあゆむに向けて言った。

「私、そろそろ休憩時間なんだけどせっかくだし、校内案内する?」
「あぁ、でも私……」
「いいんじゃないか? 俺は少し一人で回ってるよ」
「そんなつもりじゃ」

 朝比奈が慌てて発言を取り消そうとするも、勇は二人で楽しんできなと背中を押してくる。あゆむは素直に勇の言葉を受けることにした。

「うん、分かった。案内してよ、美緒」
「……うん。すみません」
「いいって。久々に会うんだろ? 楽しんできなよ」

 謝る朝比奈に対して勇は問題ないと背中を押す。そこまでしてようやく朝比奈も心苦しさが取れたのか笑顔を見せた。

(うんうん。やっぱり笑顔が似合うよね、美緒には)

 思いを顔に出さないようにして、勇にアイコンタクトで礼を言うと同じように目で楽しんでこいと返される。良い彼氏を持ったと思いながらあゆむは珈琲を口に運んだ。
 無糖の味が少し舌に染みた。

 * * *

「いやー、お待たせ」
「さっきの格好のまま歩けばいいのに。もてるよ?」

 制服に着替えてきた朝比奈にもったいないという視線を向けつつあゆむは言う。対して顔をしかめて「こりごりだ」という気配を前面に押し出していた。これ以上の刺激は逆効果だとあゆむは口を噤む。特にどこにいくかということは決めないでゆっくりと廊下を進んでいった。

「ねえ。遊佐はこないの?」
「実は、ね。あと三十分くらいしたら来るんだ」

 あゆむの言葉に美緒は顔をほのかに赤く染めつつ言う。言いづらそうにしているのを見てあゆむは何となくであるが悟る。休憩時間が近かったのは本当だろうが、確実に抜け出すためにあゆむの案内をするということでクラスの仲間に納得させたのだろう。他校の彼氏なんてクラスメイトの心をくすぐるようなネタだ。自分のクラスに来られたら冷やかされるのは目に見えていた。

(バドミントンだけじゃなくて、こういうのでもしたたかになってきたんだね)

 中学生の後半。もっと厳密に言えば遊佐という彼氏ができてから美緒は女子として急激に成長しているように見える。バドミントンの実力が人間の皮を被って歩いているようなところからここまで年頃の高校生らしく変わたのを見ているとあゆむは楽しくなった。

「ほんと、ごめんね。デートの邪魔しちゃって」
「いいよ。私も美緒と久しぶりに話したかったし。勇がいると逆に気を使っちゃうし」

 口に出したところで、勇に対して二人が気を使ってしまうことも見越して離れたんだと気づいたあゆむは心の中で改めて感謝する。
 今は一人でぶらぶらと歩いているであろう勇の事を考えていたところで前方から歩いてきた女子二人が朝比奈へと声をかけてくる。

「お、朝比奈ー」
「そっちのクラスは売れ行きどう?」
「ミッチ。ナオちゃん。ボチボチかな」

 笑顔を向けて楽しそうに話す朝比奈を一歩引いたところで見ていると、微笑ましくなる。どことなく、友達というよりは母親の目線。もう少し言えば姪っ子ができたらこんなイメージなのかと思う。

(まだ高校生なのに。あ、でも従姉妹の結婚もう少しだっけ)

 会話を弾ませる三人の輪から離れて別の事を考えようとしていたあゆむだったが、話しかけてきた内の一人――ミッチと呼ばれた方があゆむへと視線を向けて口を開いた。

「あれ、他の高校の生徒だよね。朝比奈の友達?」
「あ、どうも。中学時代の同級生です。宮越歩です」
「やっぱりバドミントン部?」
「うん」

 会話の様子から同学年とあたりをつけてタメ口にしてみる。ミッチは感情をストレートに見せるタイプなのか、満面の笑みで手を握ると大きく振る。

「おおー。あたし、大橋美智子っていうんだ。ミッチって呼んでね。こっちは河原由乃」
「こんにちは〜。ミーとはダブルス組んでます」
「え、そうなんだ」

 特に言われなくても二人がバドミントン部で朝比奈と親しくしていることは感じていたが、ダブルスという単語には過敏に反応した。朝比奈へと視線を向けると気まずそうな顔をしているようにあゆむには見える。特に気まずさを覚える理由はないのだが。

(ちょっとまだ、独占欲みたいなの残ってるのかな)

 自分の中にある朝比奈の親友というポジションへの執着は中学時代に比べてだいぶ収まっていると自分でも思っているが、完全に消えたかというとそうでもない。新しい学校生活も楽しく、友達もたくさんできている。部活の仲間とも切磋琢磨できている。それでもふと、少しだけ足りないと思うこともある。
 そんな自分を受け入れて、あゆむは口を開いた。

「へぇ。あの美緒がダブルス、ねぇ」

 中学時代はシングルスとダブルスどちらかにしか出場できないため、朝比奈はシングルスとして活躍していた。ただ、中学時代の朝比奈にダブルスができたかと言われるとあゆむには疑問が残る。前半は精神的な理由で。後半は、シングルスを続けてきたことによる技術的な問題で、高校でも朝比奈にはダブルスは無理だろうと密かに思っていたのだ。

「うんまあ、ね。団体戦とか、ね」
「エースとしてシングルスダブルス両方で引っ張ってもらわないとってことでね」
「そうそう。倒せ君長凛ってね」

 同世代の北海道内最強プレイヤーの名前が出てきて、朝比奈はさらに恐縮する。先ほどの躊躇いは自らエースと呼ぶことになるかもしれないことを嫌がっていたのだろう。一年生から活躍は試合会場で目にしていた。最も、自分は選手ではなく観客として先輩の応援の合間に見ていた。差はこれからも広がり続けるだろうが、あゆむは自分の足を止める気はない。自分の足で、自分の道を歩いていくと決めたのだから。

「美緒ならできるって。いつかオリンピックとか出るかも」
「そこまでいけるか分からないけど……頑張るつもり」

 言葉に気恥ずかしさはあっても迷いはない。中学時代に持っていた目標を達成し、あゆむから離れて高校で新しい目標を見つけたのだろう。離れても、心から応援したいと思える自分にも嬉しくなった。
 ちょうど会話の流れが切れたところで、あゆむのスマートフォンが震える。同時に朝比奈の持つスマートフォンも振動して同時に取り上げていた。

「校庭でやってる歌合戦? 見てる」

 言葉に従って廊下の窓から外を見ると、人が三人ほど乗れそうな台の上で司会が周囲に集まった生徒や外部の客を煽っていた。どうやら外でカラオケ大会のようなものが行われるらしい。校庭から視線を戻すと、朝比奈が頬を緩ませながら三人に向けて頭を下げた。

「ごめん。彼氏が着いたから迎えに行ってくるね」
「ひゅーひゅー。熱い!」
「遠くからこっそり見てるから」
「恥ずかしいから止めて!」

 素直に遊佐のことを伝える朝比奈。中学時代には周りにいないようなタイプのバドミントン部の仲間達。朝比奈の新しい世界を垣間見る一コマに心が暖かくなりつつ、あゆむも言う。

「私も、彼氏と合流するね」
「え、宮越さんもいるの!?」
「うらやましい……」

 うらやましがる二人の声を背に朝比奈とあゆむは離れていく。お互いに目指すのは校庭であり、並んで進む足が速まっているのをお互いに認識して笑いあった。
 玄関まで来て靴を履き替えてから向き合って立つ。自然と自分が向かう方向に体を向ける前。またしばらく別れるだろうことが予想できた。

「じゃ、私こっちだから」
「私は向こう。遊佐によろしくね」
「うん。あゆもまた今度ね」

 朝比奈は笑顔で言ってから駆け足で離れていった。振り返ることはせずに一直線に遊佐のところへと駆けていくつもりらしい。その背を最後まで見ずにあゆむも逆方向へと歩き出した。

(また今度、か)

 いつになるか分からない「また今度」について考える。もう次に会う機会はないのかもしれないし、初詣などで遭遇するかもしれない。
 それでも高校に入って一年が過ぎたところでだいぶ状況は変わっていた。今後もどんどん取り巻く世界が変わり、朝比奈との繋がりはなくなっていく。代わりにこれまで繋がっていなかった物が繋がっていくのだ。

「また、今度ね」

 届かない言葉を呟いて、あゆむは足を早めた。勇に一秒でも早く会いたいと心が欲していた。
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