Fly Up! 71
個人戦は順調に消化されていき、男女共に残すは準決勝と決勝の三試合だけとなった。金田・笠井組は危なげなく勝利を収め、武達も接戦を繰り返しながらもたどり着く。
男子ダブルスで残るのは第一シードの金田・笠井組。
第二シードの大沢・高見組。
第三シードを倒した相沢・吉田組。
第四シードの阿部・小谷組を倒した安西・岩代組。
準決勝は金田・笠井組と安西・岩代組。
そして――
「こんなに早くリベンジの機会が回ってくるとはな」
ネットを挟んで向かい合う大沢が口を開く。武達は特に何も言わずに握手を交わした。その手が少しだけ強く握られる。
「金田達と戦うのは俺達だ」
「団体戦の時と同じ結果にして見せますよ」
吉田の不敵な笑みに答えるように大沢達も笑う。じゃんけんをしてサーブ権を得てから武達は自分の位置に戻った。随分と強気だなと吉田に声をかけようとした武だったが、張り詰めた気配に口をつぐむ。
(吉田も自分の集中力を高めるのに必死なんだ)
そこで武も大沢達から伝わってくる闘志に気づいた。なんとしてでも勝つという気概。それは今まで勝って来たペアとは違っていた。
(強さが、違う)
ふと、武の頭に過ぎる考え。大沢達は何度、金田と笠井に敗れたのだろうか。
金田・笠井ペアは市内では負けたことが無い。全地区大会では金田はシングルスに出ていたから、二人は本来の市内一位ダブルスではない。しかしこれまでの実績から第一シードに座っているのだとすれば、大沢達は何度か負けているはずだった。
自分達が立っていたはずの場所に立ち、代表となる事実。
それがどれだけ大沢達のプライドを傷つけているのか、武には分からない。この考えが正しいのかさえも曖昧だが。
「相沢。また、変なこと考えてないよな?」
吉田がサーブの姿勢で呟く。吉田に近づきすぎていることに気づいて後ろに下がろうとすると、更に言葉が続いた。
「俺達は勝つことだけ考えるんだ。常に、相手をどう倒すか。どうすれば隙ができるか」
「分かってるよ」
もう口にせずとも分かること。初めて、二人で勝った日から武の中には一つの事実として刻み込まれていた。それは疑いようがない。
(そうだ。あと二回勝てば優勝なんだ。絶対勝つ!)
「ファーストゲーム、ラブオールプレイ」
「一本!」
審判の声と同時に叫び、吉田がショートサーブでシャトルを相手コートに運ぶ。そこを読んでプッシュで落とされるシャトルを、武はロブで奥へと上げていた。
「一本だ!」
高見から来たスマッシュを体勢を低くして打ち返す。クロスの射線上には大沢がいたため、ドライブ気味にストレートへ。打った反動を利用して前に突進してくる高見。
「相沢。油断するな!」
「もちろん!」
前への突進力を利用してのドライブは、武の顔面へと突き進む。吉田の激に答えると同時にラケットを振り、襲い掛かってくるシャトルを弾き返した武は、大沢のラケットが打ち返したばかりのシャトルを捉えているのに気づいていた。そして吉田のほうへとラケットが振られる。近距離からのショットを、吉田はラケットを上げるだけで弾き、前に落とす。それもただ当てることが出来た、というレベルであり、前につめた大沢のプッシュが吉田の肩口を抜けていく。
「らぁ!」
誰もいない場所へと放たれたシャトルを取ったのは武だった。逆サイドへと走り、威力十分のプッシュをロブで返す。今度はしっかりと上がり、吉田は武がいる場所の反対側へと移動して防御体勢を整えた。
(油断なんて出来ない。小笠原達を倒したのはこの人達なんだから!)
それは三回戦。一つ前の試合だった。第二シードの下にいた藤本と小笠原はフルセットで彼らに敗れていた。勝てない試合ではなかったが、それでも最後はセティングで大沢達がもぎ取っていた。それは今見せている闘志が関係しているのだろう。恐らくは実力が拮抗していた藤本達と大沢達の差。
必死になること。なんとしてでも勝つという気合が勝利への最後の一歩を踏み出させていたに違いない。
「はぁあ!」
刈田よりも、金田よりも高く飛ぶ高見のジャンピングスマッシュ。急角度によって今までより数歩前に落ちてくるシャトルをぎりぎりラケットに当てて返す武。前につめると待っていたのは大沢。吉田でなければネット前の攻防は負ける。
(それなら!)
大沢は自分のアドバンテージを理解していて、武からシャトルが逃げるようにクロスヘアピンを打った。すぐさまロブを上げて後ろに下がる。吉田も右サイドに動き、待ち構える。停滞無く続く動き。共通しているのは武達が攻められていること。なかなか攻撃の糸口を見つけられず、逆にスマッシュとヘアピンで攻められている。
(このままじゃ……)
防御が出来ていても、いずれ突破される。それを防ぐには突破される前に突破するしかない。そのために今のループから抜け出さなければいけない。
(俺が、ネット前で勝てば?)
苦手なヘアピンで大沢に勝てるのか?
不安に心が翳ってもスマッシュは来る。武は再び前に落とし、つめようと足を踏み出した。
「止まれ!」
鋭い声に指示通り止まると、吉田が前に飛び込んだ。咄嗟に意図を理解して武は後ろに下がる。大沢は一瞬驚きに顔を染めたが、すぐクロスヘアピンで流していた。吉田がカウンターで同じくクロスヘアピンを打ち、大沢は慌ててラケットを戻す。次にヘアピンを打つ余裕が無かったのか、ロブを高く打ち上げていた。
「相沢!」
「よし!」
吉田のクロスヘアピンの効果でロブはコート奥までは届かない。コートの中央に落ちていくシャトルへと武は左腕を掲げる。掌で標準を合わせ、少しだけ後ろに下がった。
(全身の力を、右手に!)
動きは停滞せず、タイミングを合わせて前へとジャンプ。背中のほうへと曲げられたラケットは溜め込んだ力を一気に開放し、前にしなる。
「はっ!」
爆発音のごとき音を鳴らしてシャトルは突き進む。高見が取るも威力に押されたためかネット前に上がり、吉田のプッシュで沈められた。
「ポイント。ワンラブ(1対0)」
「しゃ!」
武の咆哮に被る拍手。ギャラリーがいつの間にか増えていて、長いラリーの末の得点に賞賛を送っていた。
「いい調子。一本だ」
「おう!」
やはりスマッシュを決めると調子が出てくる。気分が高揚し、闘志が次へと繋がっていく。しかし、それは高見も同じだったようだ。
「ストップだ!」
点を取られて、闘志が湧き上がる。次に繋がるように。なんとしてでもポイントを取るために。一点取るたび、取られるたび、少しずつ気力がたまっていく。
「次のことなんて考えてられない」
自然と武の口は動いていた。吉田は視線だけを向けて武の言葉を待つ。サーブの姿勢は崩さずに。
「全力で、倒そう」
「最初からそのつもりさ」
次の吉田の手はショートサーブ。今度は最短距離である中央ではなく、吉田から見て右サイドぎりぎり。レシーバーである高見は直線にドライブ気味のシャトルを打つ。しかしそれは武の想定の範囲内。回り込んでサイドストロークからドライブを打ち返す。今、前に踏み込んで打ち返したばかりの高見の顔の傍を通るように。
「くっ!」
小さくうめいて高見は身体に当たらぬようにかわす。その後ろに走りこんでいた大沢が今度はバックハンドでネット前に落とす。吉田がプッシュをしようとラケットを立てたところに高見が立ちはだかる。
そこで吉田はシャトルを浮かせた。高見の上を越えてすぐ落ちるように。
(上手い!)
後ろから見ていた武はラケットを伸ばしてもぎりぎり届かない位置をふわりと飛んでいくシャトルを見ていた。高見は咄嗟のことでその場を動けない。そこをカバーするのはやはり大沢だった。瞬時に飛び込んで高くロブを上げ、ピンチを脱する。シャトルを追うのは無論、武。相手にとってピンチを脱した返球は、武にとってチャンス球となる。
「らぁ!」
がら空きの右サイドへとスマッシュを放とうと腕をしならせた武だったが、視界の端に映ったのは右サイドを固めるべく足を踏み出す高見の姿。脳裏に描いたシャトルの軌跡を別のもので塗りつぶす。少しだけ身体を捻り、右サイドへ打つはずだったシャトルを中央へと変えた。中央を走るラインに向かって伸びるシャトルに打ち上げて横に広がっていた大沢も、右サイドへ動いていた高見も反応できず、二人の間に着弾した。
「ポイント。ツーラブ(2対0)」
「しゃ!」
拳を上げて、短く咆哮する。武は、今ならばどんな相手にも勝てる気がしていた。このまま押し切れるとも。
「よし。一本だ!」
「おう!」
今度は武が吉田に向けて発破をかける。流れを切らないようにとサーブ体勢を取ったままで吉田は応え、武も姿勢を低くしてレシーブに備えた。
「一本!」
武の声と吉田のサーブが呼応した。
◇ ◆ ◇
「ナイッシュ! 早さん!」
最後の一点をスマッシュでもぎ取った早坂に、由奈は拍手を送った。周りもそれに合わせて掌が合わさる音がコートを埋めた。
女子シングルス決勝。早坂はゲームポイント二対一で勝利を収めた。二年にして地区の一位となったのだ。タオルで汗を拭きながら拍手を続ける浅葉中の部員達に手を振り、他校の選手に礼をする。今度はここで負けていった者達の分も背負っていくのだ。
「おめでとうー。早さん」
由奈は一足先に下へと降りて早坂の前に立った。相手の顔に色濃く出ている疲労にこれ以上話かけることを躊躇したが、張り詰めていた雰囲気が消えていたことに背中を押された。
「しばらく休んでね?」
「ありがと、由奈。それより男子は?」
ここでいう男子、は吉田と武のペアのことなんだろうと由奈は直感的に悟る。自分の結果よりも気になるとはどういう心境なんだろうと、少しだけ思考に影が差す。それも、視線を向けてみてすぐに消えた。
「最後まで?」
由奈の目に映ったのはスマッシュを決められる武の姿。そして、すでに試合を終えている金田達が、試合を観戦しているところだった。おそらくはファイナルゲームまでもつれ込んでいる。
由奈の中で嫌な予感が広がっていった。
「とりあえず、応援にいってみよっか。由奈の応援があれば大丈夫だよ」
「あ、うん」
早坂の優しい言葉に由奈は緊張がほぐれる。思い出すのは学年別の大会。決勝でピンチだった武を応援した自分。ならば、また同じように助けるだけだ。
女子はダブルスも終わり、もう試合は無い。女子部員みんなで男子の試合コートへと向かう前に、二人は早足で駆けていった。試合を武達の背中から見られる位置まできて、スコアボードを確認する。
「八対七、か」
スコアは八対七。武達が一点リードしている。それでも余裕が無いのは武達だと由奈らでも気づいた。特に武は肩で息をしていて、動きが鈍い。それでもスマッシュの威力はさほど衰えず、大沢達も簡単にはチャンスに繋げられていない。
「まだまだ大丈夫そうだけど、相沢辛そうだね」
早坂には応えない。由奈も分かっていたし、早坂も特にいう必要がないと判断したからこそ反応を期待しない。
「あ!」
それはほんの一瞬の逆転劇。武のスマッシュが返されて、ネット前にただよう。それを吉田がネットに引っ掛けてしまった。ポイントが加算されて、同点。
「吉田があんなミスするなんてね」
「調子悪いわけじゃないよね……やっぱりファイナルだから体力が?」
「そうでもなさそう、だけど」
二人からすれば見たことが無い、吉田達の姿。不協和音が離れていても聞こえてくる。吉田と武の間に何かが起こっていた。学年別の時とは比較にならない、取り返しの付かなくなるような何かが。
「これじゃ、応援出来ないよ。なんか、緊張の糸切らしちゃいそうで」
張り詰めた表情の二人。もしここで「一本!」とでも声をかけたならば、ぴん、と張った糸が切れてしまうかもしれない。そしてそれは試合の終わりを表す。勝機が、消える。
「まだ、決まるわけじゃない。武、頑張って!」
小さく強く。由奈が祈る。
しかし終わりはすぐに訪れた。
三回連続の武のミスで、試合は大沢達が勝利を手にしていた。
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