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Fly Up! 28
モドル
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ススム
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モクジ
ネットを挟んで向かい合う西村は、すでに吉田にとって親友と呼べる存在とは異なっていた。そこにいるのは、一人のバドミントンプレイヤー。自分が倒すべき、乗り越えるべき男。ネット越しに伝わってくる闘志に、肌の表面がちりちりと焼ける錯覚に陥る。
「ワンゲームな。その代わり……全力で」
「オッケ」
じゃんけんをしてシャトルを手に入れた吉田は、一度羽根を指で梳いた。新品の羽根は整える必要などなかったが、その動作によって吉田の心が整理される。
乗り越える山を改めて認識すると、かなりの高さを感じた。それでも、吉田の意思は高ぶっていく。闘志が内から洩れ出て身体を振るわせた。
「さあ、いくか!」
サーブの構えを取ったと同時に、西村がゲームの開始を告げる。
「フィフティーンポイント、ワンゲームマッチ、ラブオールプレイっ!」
「一本!」
一つの決着へと、シャトルが舞った。
――そう、錯覚させるような吉田のショートサーブ。ロングサーブを打つと見せかけて直前で急制動をかけてシャトルを弾く。結果、ふわりと前のラインに落ちていく。
しかし、西村はその場から動かずに高くシャトルを打ち上げていた。
「良くある手だ!」
「お前が使う、な!」
シングルスの最初に西村が使う手。ロングサーブがメインであるシングルス、その一番初めだからこそ使える奇襲。
あえて吉田は使って見せた。
(さて、どうするか……)
コート左奥に飛んだシャトルに追いついて、ひとまずハイクリアをストレートに飛ばす。ダブルスでは吉田が防御。西村が攻撃と役割を分けていたが、防御力に関しても西村はかなり高い。中途半端にスマッシュを打ち込めばカウンターを喰らってしまうだろう。
(バランス崩して、決める。長期戦だな)
覚悟を決めて西村の次の一手を待つ。
待とうと、コート中央で膝を少しだけ曲げた瞬間だった。
バシッ――
右足のすぐ傍に、落ちたシャトル。吉田は音を聞いた後に視線を向けた。勢いのままにシャトルは転がって、すぐに止まる。
「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」
(一瞬の隙を、狙われた)
防御の姿勢を取る瞬間。車のギアチェンジで言うならば、ニュートラルからドライブにチェンジする直前。その、切替を狙われたのだ。
吉田は冷静になろうと息を一つ吐き、落ちたシャトルを拾って返す。シャトルの行く先にいる西村は満面の笑みを浮かべ、歯を見せながら吉田に言った。
「まぐれまぐれ。ビビるなよー」
「ビビってないよ」
吉田はそう言いつつもほっとする自分に気づいていた。今のように攻撃と防御の切替を偶然ではなく狙えるのなら、おそらくはラブゲームで負けるだろう。そして、想像以上の差を知ることになる。これまで最も傍で互いのプレイを見ていたにも関わらず。
(でも、ここで言ってくる狙いは何だ? 俺がビビってるなら、それはそれで向こうに有利なのに)
違和感。
相手の裏の裏までかくのが西村のプレイスタイルだ。吉田がまるで詰め将棋のように相手を追い込んでいくタイプならば、西村は瞬間でのトリックプレイで相手を動揺させ、チャンス球を決める。
教えてくると言うことは、何かしらの意図があるはずだと吉田は思考を巡らせた。
「一本!」
そうしている内に西村はサーブを放った。吉田とは違い、スタンダードなロングサーブ。さほど高くもなく、距離もない。絶好のスマッシュ球。
(甘い――)
腕を後ろにひきつけて、一気に解き放とうとした瞬間、吉田の脳裏に先ほど違和感が過ぎった。
(なんで、わざわざ言う――!?)
一瞬の遅れが絶好球を逃す。タイミングがずれ、近づきすぎたシャトルに吉田は横にずれてバックハンドでドライブを返した。
そこに飛び込んでくる、西村。
「え――」
ネット前でインターセプトされたシャトルはクロスでネット際に落とされる。ミスしたことと西村の前への詰めに驚いて身体を硬直させた吉田には追いつくことができなかった。
「ポイント、ワンラブ(1対0)」
(このやろ……)
怒りが頭を支配する前に、吉田は左手で軽く頬を叩いた。その音に西村も何事かと視線を向ける。少々痺れたくらいだが、頭がクリアになる。
(西村のペースに完全に飲まれてた。俺は俺で倒す)
次なるサーブはまたロングサーブ。コート中央よりも更に奥。後ろのラインを狙っての正確なものだった。吉田は迷い無くスマッシュを西村のバック側に打ち込んだ。西村はその場で構えて打ち返す体勢を取っていたのが見え、吉田は次なる行動を予測する。
だが、西村はラケットを一瞬動かしただけでシャトルに触れることは無かった。
ラケットを掠めてシャトルはコートへと打ちつけられる。
「サービスオーバー。ラブワン(0対1)」
(なんだ?)
完全に今ならば打ち返せたはずだった。明らかにわざと取らなかった。
(気にするな。かく乱させるためだし、ポイントはポイントだ)
シャトルを何度か軽く跳ね上げて集中を図る。四度目にはもう平常心を取り戻し、勢い良くシャトルを左手で掴むとサーブ姿勢を取る。西村はタイムを取り靴紐を結ぶ。
吉田が集中力を高めてサーブをしようとすれば、間を外そうと西村も動く。
シャトルを打つ前から飛び散る火花。静かなる戦い。
「一本!」
靴紐を結び終えた西村が構えたと同時にサーブを放つ。ロングサーブで狙うは右奥。真上から落ちてくるように調節したシャトル。滞空時間の間で吉田は中央に構えるとどの方向にもいけるよう、かかとを上げて軽く上下に身体を振った。
(さあ、こい!)
西村のラケットの範囲内にシャトルが入る。ジャンプしてラケットを振り切って、シャトルは飛んでこなかった。
「えっ!?」
確実にラケットはシャトルを捕らえたはずだった。吉田にはそう見えて、打たれるだろう方向へと足を少しだけ踏み出したほど。
だが、シャトルは西村の足元。完全に空振りだった。
「ポイント。ワンオール(1対1)」
「カズ。真面目にやれよ」
「大真面目だぞ? こーすけ」
互いに昔ながらの呼び名に戻っていた。口調は砕けたが西村の中には不真面目な感覚は無い。確かに表面はおちゃらけているが、目は青い光を放っている。勝利を目指して何かを仕掛けているような、光。
(空振りとかも作戦の内なのか?)
このまま空振りを続ければ吉田に点が入るだけ。ならば、攻撃に転じるタイミングを読ませずに後で一気に攻勢が来るのか。
(駄目だ。読みきれない)
息を思い切り吐いて、気を取り直す。
(一本。一本だ。一つ一つ得点を重ねていけば勝つんだ)
吉田の目に濁りが消える。西村もそれに気づいたのか飄々とした雰囲気が多少消える。その消えた気配にまた吉田が気づき、自分のペースを取り戻す取っ掛かりとなるか思考していく。
「一本!」
立ち位置を変えてのロングサーブ。また後ろぎりぎりを狙っていく。今度はストレートに強烈なスマッシュが返って来て、吉田は一瞬遅れつつもバックハンドでネット前に返していた。そこに詰めてくる西村だったが、高さが足りずにロブを上げる。左奥へと飛んだシャトルを後ろに飛んで追う。着地する直前に、ラケットがシャトルを捕らえてスマッシュが西村のコートを抉った。
西村は中央に戻り、取れるはずだった球。しかし、今度もまたラケットが届かない。
「タイミングずれたーな!」
笑ってシャトルを返し、ぶつぶつと何かを呟いている。その動作の中、西村が打開策を捜しているのは吉田には分かっていた。
本来、スマッシュはシャトル落下点から少し後ろに下がって打つもの。ジャンプして打つなら自然と後ろから前に飛ぶことになる。
だが、今の吉田は後ろに飛んで打った。更にジャンプの頂点ではなく落下する直前に打ったことで、普段のタイミングよりも遅れたのだ。
(まだ未完成だけど……)
シャトルを見て今のことをリセットする。上手くいったことを引きずってまたやればミスをする可能性もあるからだ。
(その時その時でやることを決めろ。西村の上を行くには思い込みは最も駄目だ)
かかとを浮かせて小刻みに身体を上下に振りながら待ち構える西村。その顔に浮かぶ笑みに警戒心を緩めずに、吉田はシャトルを打ち上げた。
* * *
「ポイント。ファイブオール(5対5)」
打ち込まれたスマッシュに手を出すと見せかけて、西村はまた取らなかった。同じことを繰り返して五点目。顔に笑みを貼り付けたままでシャトルを拾い、返す相手に吉田は無表情で答えた。
「速いなー。強さなら相沢のほうが上だけど、鋭さがあるよな」
(確かに)
西村の口から武の話題が出て吉田も思考が少しそれる。
技術やフットワークなどほとんどの面で勝っている自信はあるが、スマッシュの速さだけは同じくらいだと思っていた。そして、威力ならば負けていると。
武のスマッシュは力強く、音と威力で相手を押す。吉田のスマッシュは速度は同じでも剃刀のような鋭さで相手の懐を抉るものだ。
(そんな分析をしている余裕がまだあるか)
特に感情が波立つことは無いが、西村が本気を出していないことに警戒心は強まる。
(今互角なら、本気を出させないと終盤で抜かされる)
互いの手札を見せたままで、場に出していく順番を変えているようなものだ。
一つ手順を間違えれば挽回は不可能になるだろう。
「一本!」
気合と共に放つ、ショートサーブ。西村はすぐ反応してヘアピンで真正面ぎりぎりに落としてきた。軌道を読んでいた吉田は迷いなく前進してロブを上げる。後ろにタイミングだけならばほぼ完璧のロブ。追いついても背中を仰け反らせて打つしかないはずだった。
西村以外ならば。
「はっ!」
軽々とシャトル落下点よりも後ろに下がるとジャンプしてスマッシュを西村は放った。弾道は吉田へと向かってきていたため取りやすいものの、西村は既に打った場所から前へと詰めている。前に落とそうとしていた吉田は手首を返してまた後ろへと飛ばし、それに西村は瞬時について行く。
(早い――!)
身長のなさをフットワークでカバーする西村のスタイルは吉田にプレッシャーを与えるには十分だった。相手が打とうとする場所に一度向かい、それに気づいて打つ方向を変えたところへと移動できる速度。体力はかなり使うが、それをファイナルまで続けられるのが西村の最大の力。
最も戦いにくい対戦相手。
(更に、速く!)
西村よりの移動速度よりも速く打ち込む。
思考の裏をかく。
迫られる二択を選ぶ吉田も徐々に疲労していく。
ポイントを一つ重ねていくたび、西村は必ず空振り、あるいは途中でラケットを止めてシャトルをわざと打たなかった。吉田はその度に身体は反応して動こうとするが急に止まる、ということを繰り返していく。
「――ポイント。テンファイブ(10対5)」
とうとう西村は自身に向かってきたスマッシュを返す瞬間にラケットを引いて頭で受け止めていた。正式な試合ならば注意される行為だが、西村は非公式戦ということで使い分けてきている。
(これが、狙いか)
吉田は十点の間でようやく気づく。今までの西村の空振りは全て体力を殺ぎ落とすための作戦だったことを。
(俺が西村の動きをよく見てるっていうのを逆手に取られたか……)
滴り落ちる汗をぬぐうと共に、痛む目頭を抑える。
バドミントンは、より高度な試合になるほど相手の動きを見て次の動作の予測を立てる。また、試合展開を自分の優位に持っていけるように策略を練る。だからこそ、目や思考は常に使い続けている。激しく動く中でも。
西村は吉田の優れている点である相手の動きの見極める力を逆手に取り、次の動きを予想させて動かすことを繰り返してきた。更にスコアを大敗させないためにコツコツと自分も点を重ね、結果として第一ゲームとは思えない体力消費を吉田にさせたのだ。
「ちとタイム」
汗を拭くためにコート外に出る。何度か深呼吸して身体からにじみ出た疲労をできるだけ取り除こうとするが、その間にも思考は続いているため変わらない。
(ポイントはテンファイブ。あと五点。俺が体力を削られたことに気づいたことを、あいつは気づいただろう……きっと攻勢をかけてくる。なら、カウンターでポイントを取るか……)
タイムはあまり長い時間取れない。よって、考えがまとまりきらないうちに吉田はコートに戻る。それでも、サーブ位置に立った時には西村の攻撃をしのぐという選択肢を選んでいた。
「一本!」
高くロングサーブ。吉田の頭の中にある理想の軌道よりもずれていることに、打った瞬間気づいていた。思ったよりも飛距離が伸びずに西村の前に落ちると。
(やばい)
スマッシュが来る、と構えた瞬間、心臓めがけてシャトルが飛んできた。かろうじて返したもののネットの傍に上がったシャトルを、前に詰めた西村がたたきつけた。
モドル
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