Fly Up! 132

モドル | ススム | モクジ
「おっら!」

 杉田のスマッシュが吉田のバックハンド側へと突き刺さる。咄嗟にラケットを駆使してヘアピンとして返した吉田だったが、前に飛び込んでくる杉田の速さには目を丸くした。手首を使って最小の動きで強打を放つ杉田。シャトルは吉田から離れるようにコートに着地した。

「ポイント。テントゥエルブ(10対12)」
「おっしゃ!」

 杉田が全身を使って喜びを表現する。吉田は無表情でラケットを拾って返すも、その心中は武にも分かった。

(杉田。強くなったな……なんか、三位に入ってから特に)

 シングルスで地区三位で全道大会に出場することが決まった杉田は、その後の練習から特にシングルスに力を入れていた。練習の終わりごろの試合形式で武と吉田、二人と連続して行う。最初は一桁前半しか取れていなかったが、二週間も経ってとうとう10点まで足を踏み入れていた。

「一本!」

 杉田が掛け声と共にロングサーブを放つ。吉田のスマッシュを杉田はバックハンドで完全に打ち返していた。放った位置まで跳ね返ってきたシャトルに吉田は下がらざるを得ない。そこからハイクリアを打つも杉田は読んでいて素早く下に回りこむ。

「しゃ!」

 吉田の真正面にスマッシュを放つ杉田。しかし、吉田は自分の前にラケット面を出してプッシュで返した。カウンターとなってシャトルは杉田のコートに落ちる。あっという間にサービスオーバー。

(吉田も勝負どころを見極めるの、本当凄いな)

 点を取り合うスポーツは結局、何点取られても最後に相手より先に多く点を取れば勝つ。バドミントンで言えば先にゴールにたどり着けば良い。
 杉田はこの時点から一気に吉田に得点を奪われて敗北した。
 悔しそうにコートから去り、体育館の壁際で顔を拭きながら傍に寄っていった大地と話をする。部活は今、完全に全道大会組と一般練習組に別れている。実力がある者のみが楽しむ部活を否定していた杉田からすれば、現状は満足だろう。
 それでも、当初は本気になることを避けていただけに、変化に驚いているはずだった。

(才能がまた一人、開花、かぁ)

 林と打ち合っている橋本に視線を移して武は思う。ジュニア予選を終えて一皮向けた橋本と林、杉田。それでも全道とそうじゃない組の差は出てしまう。もったいないとは思っても、変えられない。

「次、相沢と杉田! シングルスで入れ!」
「はい!」

 庄司に声をかけられて咄嗟に返事をする。その後で体が動いてコートへと向かう武。視線は杉田へと向かう。そこには自分へと挑む杉田の爛々とした瞳が見えていた。
 楽しんでいる。実力がある者との戦いを。それは昔の杉田にはなかったもの。大地はどう見ているのかと武は視線を移す。

(笑ってる……)

 大地はとても楽しそうに杉田を見ていた。まるで成長する姿が自分のものであるかのように。

(大地にとっては、杉田はきっと自分の半身みたいな感じなのかもしれないな)

 友達として一緒にいて。バドミントン部にも同時に入って。中々実力が伸びない大地と、才能を開花させていく杉田。二人の間はそれでも全く隙間がない。自分と由奈との関係に当てはめるのは違う気もしたが、武にはそれが最も近いように思える。
 二人の絆の深さに、ほっとする。

「今回は勝つぜ!」

 ネットを挟んだ向こうから吼える杉田。武はそれに反応してラケットを掲げた。一瞬で臨戦態勢。杉田も武のまとう雰囲気の変化から、試合の準備が整ったことを知ったようだ。

「一本!」
「ストップ!」

 杉田に応えて、武も叫んだ。


 ◆ ◇ ◆


(あー、体痛い)

 練習後の着替え中に杉田は内心呟く。出来るだけ外見は涼やかにしておきたい。そんな考えがちゃんと反映されているのか不安ではある。全道大会に向けての練習は、今まで自分がしてきたものとは全く異質だった。普段の練習よりも二倍も三倍も辛い。その中で武や吉田がしっかりと動いているのを見せ付けられると自分との実力差が嫌が応にも理解できる。

(でも、こいつらがこうやって引き上げてるから、うちのバドミントン部は保たれてるんだよな)

 実力のある者だけの部活など、と最初は否定していた杉田。しかし、自分達の代になったところで、あくまで部活で汗を流す者と試合に勝つために練習する者との混合を実践してみせた。
 どちらも否定しない部活の運営。それは顧問である庄司だけの力では無理だったろう。自分達で考えて、両立を保てたのはやはり上で率いていた吉田と武の力だ。

(俺はほんと、拒否感持ってただけだよな)

 過去の自分に恥ずかしさを感じつつ、着替えを終える。後は帰るだけ。
 更衣室を出たところで、見知った顔が目に飛び込んできた。

「おう、藤田」

 藤田雅美は杉田の声に初めて存在に気づいたかのごとく振り返る。驚きはしたが、ある程度予想はしていたのかすぐに立ち直り、笑顔を向けていた。

「着替え終わったみたいね」
「なんだ。相沢待ってるのか?」
「まさか。もうくっついてる人には興味なし」

 あっさりと言った藤田は杉田が通り過ぎると隣に並び、歩き出す。
 特に公言はされていないが、武と由奈が付き合い始めたと言うのはすでに部員達の中に広がっている。真相を知っているのはおそらく近しい者だけだろうが、二人の間にある空気が変わったことは二週間も経てば同じ部活のメンバーならば分かった。

「ほんと、遅いくらいよね。ああいう決まった人がいる男はさっさとくっつくべきよ」
「違いないね」
「……なに? いやに素直に同意してくれるじゃない」
「分かるからな、その気持ちは」

 藤田の顔に動揺が広がる。杉田が小学校時代と比べて更に女の子にもてているというのは部活を超えて学年の間に広がっている。後輩からも告白される機会は何度かあったという噂も流れている。藤田にとってはそんな人間に自分の気持ちが分かるとは思わなかったのだろう。

「へぇ。あんたも本命には逃げられてるの?」
「いや、逆だよ」

 更衣室から玄関まで、バド部のメンバーがちらほらと見える中、二人の会話は何故か二人だけの間に聞こえているように杉田は思う。

「俺に本命が特にいないから、相手の子の申し出断る時に辛いんだよな。それでまあ、相手の気持ち考えるとさ」
「ふーん。律儀なんだね。とりあえず付き合うとかしないなんて」
「モテるだけにそういうのはしっかりしたいんだよな」

 客観的に見て、自分がモテるのは事実。
 そして、期待させるだけさせておいて最後に応えないということも残酷だ。
 だからこそ期待がない場合は正確にその旨を伝えるのだ。

「とりあえず失恋がはっきりしたことだし、次を探すがいいー」
「言われなくても……と言っても少しは堪えてるんだけどね。バドミントンも伸び悩みだし」

 藤田の言葉に杉田は前回の部員の戦跡を思い出してみる。
 男子のは一通り思い出したが、女子ははっきりしない。藤田の物言いからすれば良くなかったのだろう。

「止めちゃおうかなと思うことが多くなってきた」
「それはもったいないな」

 杉田はすぐさま切替していた。
 藤田がそれに対して言葉を発する前に更に続ける。

「俺はさ、前から強さだけ求める部活って反対だったんだよな。一年の時とか、そうならないかって吉田によく反抗していたんだが……。でも俺らがメインになって、あいつが部長になって、相沢が副部長で。その中で大分頑張ったっていうのは傍目から見ても分かったよ。実際、強い奴等は強い奴等でより上を目指せてるし、まだまだ弱い奴等も強くなってる。俺は文句ばかり言ってたけど……たいしたもんだったよ」

 言葉が止まらない。杉田の口調は熱を帯びていき、藤田は言葉を挟む間もなく聞くままになっている。

「俺が今回代表になれたのは、間違いなく続けてこれたからだよ。自分の実力に見合った練習が出来て、更に実力を伸ばせて。バドミントンを嫌にならずにすんだ。真正面からはとても言えないけどな、吉田と相沢はほんとたいした奴等だ」

 藤田にも杉田の饒舌ぶりは予想外だっただろうが、当の本人もここまで話している事は意外だった。自分の本心を大地以外に話している。しかも、大地にさえもそこまでは話さないというラインまで深く入り込んでいた。

(相手が、藤田だからか?)

 語りが終わり、さりげなく藤田の横顔を見る。ちょうど視線を前に戻すところだったために視線に気づかれることは無かったと胸をなでおろす。
 恋愛感情かとたずねられればそうじゃないと自信を持って答えられる。ならば、今、自分が抱いている感情は何かと問われると分からない。おそらくは友情に近いものなのだろうと杉田は思う。
 部活での実力の立ち位置も似ていて、相沢への思いも知っていて。ふられた後でもたまに話を聞いていた分、他の部員達よりも精神的な距離は縮まっていたはずだ。実際、会話している間は心地よさが体の中に広がっていた。

(貴重な友人が出来たもんだな。異性って結構遠い存在だったのに)

 恋愛対象以外で女子と親しくなるのは初めてだった。だからこそ新鮮で。壊したくないと思う。
 バドミントンも、それ以外も。中学二年になって新しいものを手に入れることが出来たと思う。もう少しで自分が入れるとは思ってもみなかった世界へと足を踏み入れる。その時、自分はどうなろうだろうかと不安になった。

「あんたこそ、対したものよ、杉田」

 藤田の言葉に、杉田の心臓が高鳴った。

「いくら吉田や相沢君が体制整えても、その中で自分を引っ張り上げないと代表になんて選出されないでしょ。こっちは早さん以外ぱっとしないんだもんね」
「まあ、そうだなぁ」
「早さんがあそこまで突出しているのが凄いのか、私達が不甲斐ないのかって言われたら私達でしょうねー。でも、仕方がないのよね。妥協してれば、得られるのってその程度のものだもの」

 藤田の口調に混じる寂しさ。妥協して、というのはけして本心じゃないだろうと杉田は思い、口を閉じる。女子のほうで妥協してる者はいないということは分かる。妥協するような子は既に辞めているからだ。
 一年の初めに振り落とされずに残った部員達は間違いなく、どんな形であれバドミントンに真面目に取り組もうとしている者達だ。その中で差が生まれるのは仕方が無いにせよ。

「もちろん、妥協してるとは思ってない。でも、早さんや相沢君達みたいにはのめり込めない。どうしても。強くなりたくないわけでもないし、辛い部活がそこまで嫌なわけじゃないけど……。杉田はその中で残った。だから、やっぱり凄いと思う」
「そうかね」

 それだけ答えて杉田は黙る。バドミントンだけが好きではない。おそらく高校に入れば違うことをやっていると自分でも思う。今もそこまでバドミントンに賭けてはいない。ただ、好きで。強い相手とどんどん打つのが楽しいだけだ。

(それがのめり込んでるっていうのかな)

 結果的には藤田が言っている「のめり込んでいる」状態になっているのだろう。
 そう思える自分の変化に戸惑いつつも、嫌な思いはしていない自分がいる。
 そして変わらないものもある。

「やっぱり、続けられたからだろうけどな。のめり込むとかそういうのじゃなくてさ」

 藤田のほうは見ない。気配は感じなかったが、何か泣いているように杉田には思えてしまったから。でも伝えなければいけないことはあると信じる。

「別に誰よりものめり込むとか、そういうのは関係無いと思うぞ。だって、俺以外はみんな俺じゃないし。藤田以外はみんな藤田じゃないんだから」
「……なんか良くわかんない」
「俺もこんがらがった。お前は気にし過ぎだってことだ」

 気恥ずかしさに足を速めて藤田から離れていく。
 何とか伝えることは出来ただろうか。
 いまいちとは思ったが、胸の中のもやもやは消えていた。

「さて、俺も頑張るか」

 練習した先にある、全道大会に向けて。
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