モクジ

● 掃除  ●

「そろそろこの部屋、掃除しなさい!」
 そうやって母親に怒られたのはついさっきだった。部活の疲れで久々のオフに起きてきたのは正午。朝ごはん兼昼ごはんを食べていた席での出来事だ。起き抜けでようやく頭もはっきりしてきたところに響いた声に、普段の状態を飛び越えて武は頭が痛くなった。
「片付けろって言ってもな」
 呟いても目の前に広がる惨状は消えない。
 服が散らかっているわけではない。洗濯された服やズボンは母親がいつも畳んで部屋の隅に置いている。
 惨状というのは、床にいろいろと放置された漫画本やバドミントンマガジンという雑誌類によるものだった。
 普段はベッドで寝ている武だが、勉強で疲れた合間などはカーペットが敷かれている床に寝転がり、雑誌を読むのが好きだった。本棚から出して寝転がって読み、置く。次の日に更に本棚から出して読み、置く。それを繰り返していくうちに、いつしか小さな足の踏み場しかない状態になった。
「しょうがないか」
 自分の中に広がる「掃除」の意識。自分はどうやら思い切りたまったものをいっぺんに掃除してしまいたい性質らしい。だからあえて汚してるのだ。
 そうやって自分を正当化しながら武は本を本棚へと戻していく。複数冊を一気に持ち上げて、一つ一つ収めていく作業は純粋に楽しかった。いかに効率よく動いて本を差し込んでいくか。単純作業を高度な戦術レベルの作業へと変えていく。
(おっと、これ)
 漫画本をほとんど入れ終わった後でバドミントンマガジンを片付けようとした武は、一番下にあったものを取って中を開く。一番最初に買ったもの。中学に入り、吉田に教えてもらったことで初めて存在を知り、買ったものだ。まだ一年くらいしか経っていないはずだがひどく懐かしいと武は思った。
「懐かしいなぁ」
 ページをめくって記事を読むと自分がなんとなく内容を覚えていることに驚く。それだけ当時は何度も読み返したんだろう。
 ページをめくり、めくり、めくっていく。終わればその次の号にいくしかない。
 読んでから掃除する。掃除の前に読む。
 そう言い聞かせてページをめくり続けて……
「武。掃除、終わった?」
「…………」
 部屋のドアを開いて尋ねてくる若葉に、武は黙って首を振った。
モクジ
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