モクジ

● ほんとのきもち  ●

 ごめん、と言われたのは小学校から通算して何回目だったかなと数えようとしたけれど、空しくなるからやめた。相手に対しても失礼になると思ったし。
 自分が私をフッた何人目かなんて分からないほうがいいと思う。私が笑顔で「いいよ。仕方ないよ」と言って手を振ったら、相手もホッとした顔になって手を振ってさよなら。明日からは、ちょっとだけよそよそしい友達関係に戻る。
 中学に入ってからは、もう三人と付き合っては別れてた。同年代の女子の中では多いほうだろう。軽い女と見られそうで嫌なんだけど、そんなことはないんだけどな。
 なんとなく、他の人を避けるように自転車置き場まで来て自転車の鍵を外す。部活も今はテスト週間で無いし、早く帰って勉強してしまおう。
「若葉。一緒に帰ろう」
 誰にも会いたくない時に限って、人に会う。でも、それが兄ならまだ許せた。
「あ、武。いいよ」
 双子の兄っていうのは周りから見るとどういう目に映るんだろう。
 女の子双子とか、男の子双子とかは結構テレビでも見るんだけど、異性の双子って良く分からない。私の双子の兄という武と私の顔は双子と言うには似ていないと思う。でも親や親戚はこぞって「似てる」っていう。
 一体どこが似てるんだろう。少なくとも、性格は違うと思った。
 何人も隣の席に座る人が変わってる私と、由奈っち一筋である武とは。
「由奈っちはどうしたの?」
「由奈は早坂と勉強だってさ。テスト期間はさすがにバドミントンもお預けだよ」
 一学年に数回はあるテスト。各自勉強するように言われて、部活も休みになる。運動系に特化したような学校じゃないんだから当たり前だろうな。
 だから、まだ日も昇っている時に、普段一緒に帰ることの無い兄さんと帰るなんて事が起こるんだ。
「ねえ、兄さん」
「なんだって? 何? 兄さんって」
「言いでしょー。たまには呼び方変えてみようかなって思って」
「気持ち悪い。呼び捨てでいいよ」
 本当に気持ち悪そうに体をさすってるのを見ると、さすがにへこんできた。妹は不潔なのか。兄妹だから当たり前のことを言ってると思うんだけど。
 でも私も「兄さん」とか鳥肌が立った。他の兄弟と違って、お母さんから先にどっちが後で生まれたとかの違いだけみたいだし。名前で呼んだほうがしっくりくる。
 なら私は一体、何をやってるんだろうか。
 自転車のペダルをこぎ始めて、少し前を行く武を見る。
 走っていく中で風が気持ちいいのか心地よさそうに目を細めて、幸せそうに進んでいた。武は昔から、何かささやかな事にも幸せを掴むのが上手かった。
 一転、私はいろいろ形あるものを欲しがってた気がする。
 私が好きな歌手のCDを欲しがっても、武はその歌手の歌を口ずさんだり、テレビの音楽番組で見ているのが好きだった。それでいて親と一緒にカラオケに行くと流行の曲を難なく歌ったりする。その手にいつも持っていなくても良くて、たまに触れられるならいいと思っていたのかな。
 食べ物も、他のものもそう。
 私はどこか物自体を求めてきたけど、武は物から得られる何かを手に入れてたみたい。
 双子なのにここまで違って、そして羨ましいと思う。
「ねー、にーさーん」
「だから兄さんは止めろって」
 信号で止まったところで再度呼びかける。わざと甘ったるい声で。意中の男の子の気を引くときと似てるような声色で。
 でも武はうんざりしたように私をはねつける。さすがに妹にドギマギするほど壊れていないらしい。最近の漫画だと禁断の恋とか多いのに。
「なあ、なんか辛いのか?」
 青信号になって自転車をこぎ出したところで武が不意に言う。
 これだけアピールしてればやっぱり分かるというか、私は間違いなく分かって欲しかったんだろう。ちょっと自分の考えに自信はないんだけど、友達に恋愛相談される時の相手は、みんな今の私と同じようにしてる。逆に今の私はそんな友達を真似してるのかもしれない。
「うん。辛い」
「辛いならもう少し辛そうに言えよな」
 やっぱりため息をついて武は自転車をこぐ。でもその速度は、いつもより少し遅め。自然と私達の距離は縮まった。私は少しだけペダルを早めて隣に並ぶ。前を向いたままだったたけれど、武は私の話を聞くために遅くしたんだって分かった。ほんと、自然とそういうことをするんだって思ってるんだよね。
「あのね、にいさん」
「だからにい……いや、いいや。言っちゃいな」
 話の本筋には関係ないと思って止めたんだろう。ほんと、こういうところは聡い。
 でも、たぶん私だから。由奈っちや早さんにこういう聡さを発揮したらもう少しいい男なのにもったいないな。
「あのね、今日、別れちゃった」
 そこから堰を切ったように私は話し出す。
 部活がない日は毎日会っていたし、部活がある日も、夜に出来るだけ電話したりしてた。部活や勉強に支障が出ない範囲でちゃんと恋人同士していたはずだったけれど、相手はどうやらそうじゃなかったらしい。
 小学校から続けてたくさん付き合ってきたし、その中でなんとなく「こういうことやって欲しいんだろうな」というのが見えるようになって、それを満たしてあげようともした。でも自分のやりたいこととずれてたら無理が出てくるから、あくまで自分が出来る範囲で。
 でも、終わる。相手から「ごめん」と言われて。
 一体何が悪いのか分からない。
「ねえ。どう思う?」
 一通り状況説明して問いかける。武はジト目で私を見た。
「どう思うとか言われてもな……俺にそれ聞くか?」
「武だから聞けるんじゃない。双子の兄として妹に何かアドバイスを。由奈っちと仲良くしてるんでしょ」
「うーん。そうは言っても、由奈ともそんなに彼氏彼女してないし」
 少し上を向きながら考え込む武。武は自分と比べて実力もある。全道や全国を目指しているようなプレイヤーだと休日でも練習時間密度は高い。部活の練習の他にも市民体育館に行ったりと自分よりバドミントンに触れている時間は多いはずだ。由奈っちと付き合い始めて日は浅いけど、あまり会えていないんじゃないか。
 二人はそれ以外の時間が長かったから気にしないんだろうか。
「武達はまだ恋人同士って感じじゃないかもね」
「うーん。否定はしない」
 ちょっと落ち込み気味の武が面白くて自然と頬が緩む。そして沈んでた気持ちが落ち着いてきた。
 何も解決していないのに、なんでこんな穏やかになってくるのかな? 武はたまに唸りながらどう言えばいいのか考えているみたいだった。
 きっと、由奈っちはこういうところに惹かれたんだろうと思う。武は昔から生真面目で、皆が諦めるような事も出来るだけ頑張ろうとしていた。出来なくて、本気で悲しんでた。バドミントンで結局勝てなかった時も、家に帰ってからしばらく部屋で泣いていた。これは、きっと私しか知らない。由奈っちには言ったかもしれないけれど。
 でも、ずっと傍で見てきたから、分かる。
 武の誠実さが、きっと私に安心感をくれるんだ。一緒にいて心地よくて、私の事を分かってくれる。私が意地悪してうんざりしていても、こうして何か言葉を探してる。
 これって、もしかして。
「若葉はちょっと理想高いんじゃないか? 相手に求めてるものが高いとか。昔からモテたからなぁ」
「そうかも、しれないね」
 武は目を見開いて私を見る。どうやら驚いてるみたい。私が素直に認めたことで。
 相談して、頭の中で考えをまとめれば答えなんて出るもんだ。
 私は理想が高いんだ。相手に、理想の男性を重ねてる。
 私の一番近いところにいて、私のことを分かってくれて、安心をくれる。
 そんな、武みたいな人を。
「さすがに厳しいね」
「そうだなー」
 私の内心を思って言ったんじゃないだろうけどドキリとする。まるで武に恋してるみたいだ。
 兄に歪んだ愛情を抱いてるなんてことはないと分かっているけれど、錯覚するくらいには、ずっと一緒にいて穏やかになる。
 きっと、由奈っちがこれからどんどん武を独占していくときに、私はどんな態度を取るんだろう。
 嫉妬するのかな? それとも、応援するのかな?
 幸せになって欲しい兄さんと、好きな友達が一緒にいるところを見て、嬉しいって思えるのかな?
 その時を考えるのは怖いけど、でも逃げないように。一歩ずつ進んでいこう。
「大好きだよ、兄さん」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもなーい」
 ゆっくりペダルを踏みながら風を感じるために目を細める。きっと、今の感じは武と似てるんだろうなと思いながら、心地よさに身をゆだねた。
モクジ
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