モクジ

● 先輩との距離  ●

 明確な境目なんて、なかった。
 気づいた時には『なんかいいな』って思っていた自分がいたんだ。
 一番身近で、一番距離がある人だったから、同学年の男の子よりも惹かれるものがあったかもしれない。
「ともー。部活行こうよ?」
「ん」
 掃除が終わった教室でぼーっと外を眺めてたところに声をかけられてしまった。声だけ出してしばらく、自分の中の気持ちが落ち着くのを待つ。
 私の中をぐるぐる回ってる気持ちが落ち着かないと目も回っちゃって動けなくなるんだ。
 心の中で一、二、三と数えていくと心が軽くなっていった。
「よし」
 動けるようになったところで、自分に気合。立ち上がって床に置いておいたラケットバッグを持つと一気に教室内を駆け抜けた。
「相変わらず瞑想してるの?」
「ん」
「悩める年頃なんだね。同じ年なのに」
 里香は私より頭一つ高いところから言ってくる。でも別に大女なわけじゃなくて、あくまで私が小さい。身長を分けて欲しいくらいだ。
 里香は悩みがなさそうだけど、それは隠しているだけでどこかでは悩んでいるのかもしれない。私は逆にはっきりしすぎてるんじゃないかな?
「あ、相沢先輩」
 ……もしかしたらこの悩みも、皆にダダ漏れしてるかもしれないと思うと帰ってしまいたくなる。
 里香が呟いた名前が私の中に入ってくると急に胸が締め付けられて、足がブレーキをかけた。遅れて目の前を見たら、見慣れたラケットバッグが廊下の角に消えていった。
「里香……わざとやってない?」
「やってないよ。ともが気にしすぎ……相沢先輩のこと、まだ好きなの?」
 私は答えないまま足を進めた。里香はまずいことを聞いたと思ったのか、何度か謝ってきたけれどあえて無視する。もう少し反省すればいいんだよ。
 でも、私が返事をしないのは怒ってるわけじゃなくて。

 あの人を好きかどうか、自分でもはっきりと分かっていないからだった。

 相沢先輩……相沢さんは、私の家の傍に住んでいた一つ上の人。ただそれだけだった。
 あの人からすれば家の裏の位置に私の家はある。でも、学年も違うし、幼稚園も別だったから、直接会ったのは町内会のバドミントン部に参加した時からだった。
 女子はバレーかバドミントンか選ぶように言われて、私はバドミントンを選んだ。単に、バレーはボールをレシーブする時に腕が痛いだろうからって消去法だったんだけど。バドミントンのほうもとても大変だった。
 仲がいい友達は皆、バレーに行ってしまって、私の代は私を入れて四人だけ。その子達も三年、四年になる頃には辞めていって。男子が二人と私と、三人だけになったんだ。
 だから上の人達との交流は増える。試合形式の練習等とかで。
 その中で一番多く練習したのが、相沢さんだった。
 相沢さんの代は男女合わせて五人。うち一人の女子、早坂さんはとても強くて、私は到底相手にならなかった。その代わりでもないんだろうけど、相沢さんとは練習で試合を多くやっていた。
 やる時はちゃんと練習したけれど、相沢さんはたまにふざけながら試合をやって、私もそれに笑ってしまった。その間に一つ上という垣根が何か曖昧になって、いつの間にか、ちょっと気になる人になっていた。
 自分でもなんと変な理由だと思う。変なことされて笑わされてただけなのに。
 でも、同学年の男子にない遠さと、近い何か。
 いろいろ混ざった相沢さんにいつしか惹かれていた――
「とも。ぼーっとしてないで早く行こう?」
「あ、うん」
 考えている間に着替えが終わってしまったらしい。日頃の習慣って怖い。
 私はハンガーにかけた制服の皺を丁寧に伸ばしてから、ロッカーの扉を閉めた。
 これから三時間。集中しないと。
 更衣室を出て、部活に向かう。ここからしばらくは部活モード。相沢さんのことは、シャットアウトだ。


 * * *


 全体の基礎体力付けのフットワークが終わって、徐々に基礎打ちに入る。
 コートが少ないから先輩達から優先的に入る。その先輩達の中でも、実力者順に自然と順番が決まってコートを占領する。何十分か経てば自分達の番。体育館のステージに腰をかけて先輩達のプレイを眺めていると、とても面白いし、悔しくもある。
 ダブルスをしている先輩の動きに、自分の動きを重ねてみる。最初のほうは私の動きが速かったりするんだけど、ラリーが続いていくと徐々に遅れていって、最後にはシャトルを決められた。
 全部が全部、先輩達に負けているとは思っていないけれど、私はやっぱり弱い。
「とも。難しい顔してるね」
「えりなはいつも楽そうな顔してる」
「よく言われる」
「彼氏に?」
「この前別れちゃった」
 同じ代で同じ組。中学に入ってからの友達の恵理奈は不思議な子だと思う。
 セミロングの、少し茶色が入った髪の毛。目は真ん丸くて、口は少し猫っぽい。柔らかい雰囲気が体からにじみ出ていて、同じクラスの男子がじろじろ見てるのを私は知ってる。バドミントンはなんとなく面白そうだからって始めて。でも適度に休んで、完全に部活を趣味にしてる。それでも、才能はあるのかシングルスなら既に私も負けそうだ。私の六年が簡単に抜かされる。でも、バドミントンというか、スポーツならどれでもあることだって前に読んだ本に書いてあった。才能って急に花開くって。
 大西恵理奈って子はそういう子だ。私にないものを、たくさん持ってる。
(なら、私は才能ないんだろうな)
 体も小さいし。得意なショットもない。どうしたらいいのか悩むことが多くなった。
「恋の悩み?」
「違うの。バドミントンで青春送るの」
「好きな人いないの?」
「いないよ」
 一瞬、相沢さんの顔が頭を過ぎった。でもすぐにかき消す。この気持ちを好きというには、軽い気がする。
「よし、集合!」
 一通り準備運動を終えたところで、顧問の庄司先生が私達を集める。男子は何故か我先にという感じで集まって、私達は後ろその後ろに並ぶ。
「今日は少し趣向を変えてみたいと思う。男女のミックスダブルスだ」
 その言葉に男子も女子も騒ぎ出した。
 私も、心の中はざわめいていた。
 あからさまに沸き立つ女子を見ながら、男子も微妙な表情だ。
 普段、同じ体育館で部活をしているけれど、私達が接触を持つのはそんなに機会はない。それこそ、トイレに行ったり筋トレにいったりする時に多少会話するくらいで、後は練習に集中してるからか話さない。そもそも傍に寄らない。
 そんなだから、こうしてたまに機会があると変に沸き立つ。といっても、先輩達はいつものように笑っていて、私達というか、一年女子が騒ぐだけ。同じ一年として恥ずかしがるべきかな?
「――寺坂。寺坂?」
「あ、はい」
 考え込んでいたらいつの間にはペア決めが始まっていた。先生に呼ばれて前に出てみると、見知った顔がいてどきりとする。
「よぅ。よろしく」
「橋本先輩。よろしくお願いします」
 いつも相沢さんと一緒にいた、橋本さんだった。
「今、相沢ならよかったって思ったろ?」
「別に思ってませんよ? むしろダブルスの手本なら橋本先輩のほうが勉強になりますから。今日はお願いします」
「なんか本音隠すの上手くなったな」
 妙に鋭い橋本さんを前にして、油断なんて出来ない。知られたくないことを全力で隠すために、自然に受け答えする。
 それでも疑っていたけれど、試合が始まればそんなことを気にしてる余裕は無いかな。
「じゃあ、試合は……橋本、寺坂組と相沢川崎組だ」
 ……庄司先生はわざとやってるんじゃないかって言うくらい、凄いタイミングで試合を組まれた。
 橋本さんが笑いを堪えているのが気配で伝わってくる。一度強く咳払いをしたら止めてくれた、らしい。見てないから分からないけど。
 このあたりの空気の読み加減はさすがだと思う。
 相沢さんが力押しなら、橋本さんは完璧にそういう頭脳担当だ。コートに入って、先攻後攻を決めるじゃんけんを橋本さんがしている間、私は相沢さんのパートナーの由奈さんを見ていた。
 相沢さんと仲がよかったのは昔からだったけれど。ようやく最近付き合い始めたという二人。でも、目に見えて変化はない。
 だって、二人は小学校の時から仲がよかったし、一緒に帰ってたりしてたから。
 むしろ、付き合い始めたって噂がどこから来たのかさえよく分からない。自分も女子なのに、ネットワークから外れてる気がする。
「おーい。こっちがサーブ取ったぞ」
 ネット前でシャトルを上げながら言ってくる橋本さんに相槌をついて、コート中央の後ろに腰を落とす。でも橋本さんはすぐに「いらないよ」と言ってきた。
「どうしてですか?」
「ミックスダブルスの場合、ローテーションはしない。基本、トップアンドバックの形でいこう。寺坂が前」
「なんでです?」
「なんでも。まあ、それじゃ意地が悪いな。ようは女子の、パワーが足りないスマッシュだとカウンターされやすいんだ。特に、男が取るとな」
 なんとなく納得がいった。女子よりもパワーやスピードがある男子がシャトルをレシーブした時、私が後ろなら追いつけないってことだろう。私じゃなくても、セオリーがその通りなんだろうな。
「分かりました。前は私が」
「おう。だが、基本は基本だ。どうしてもやばかったらローテーション頼む。自分で判断していいぞー」
「そんなむちゃくちゃな……」
 そんなことは、一年くらい組んだパートナーじゃないと無理だろう。
「じゃあ。イレブンポイントワンゲームマッチ、ラブオールプレイ」
『お願いします』
 四人で挨拶をしあってから、橋本さんがショートサーブを打つ。さすがにそれはすぐ前に入って私が後ろになる形。そして、相沢さんのプッシュが私の真正面に飛んできた。
「きゃ!?」
 一瞬で飛んできたシャトルに驚いて反射的に叫んでしまったけれど、出したラケットに当たってシャトルは上手く返っていた。そのまま私はネット前に進み、橋本さんは後ろに下がる。
 目の前には由奈さん。私が返したシャトルをヘアピンで落とそうとしている。シャトルを上げさせて相沢さんにスマッシュを打たせる気だろう。
 それを見越してヘアピンで返す。クロスなんて芸当は出来ないから、目の前に由奈さんがいるのが分かっていても出来るだけ上げないように打つだけ。
「や!」
 でも由奈さんがちょっとだけ浮いたシャトルをプッシュで打ち込んだ。速度はなかったから橋本さんが拾ってロブを上げる。一瞬、後ろに下がりそうになったけどその場で堪えた。いつもと勝手が違うダブルスだけど、それは向こうも同じこと。
 試合をしている間に、私の中に何か湧き上がるものがある。
 負けたくない。この二人には。
「はっ!」
 相沢さんのスマッシュがストレートに飛んでくる。私はその場から動かずに、橋本さんが返してくれるのを願った。
 そして――後頭部に痛みが走っていた。
「いた……」
 左手で後頭部を抑えてしゃがみこむ。耐えられない痛さじゃないし、すぐに拡散していったけど、驚きも重なって涙が出てきた。後ろからシャトルで攻撃されるなんて、なんて酷い人だろう。
「わりぃ。大丈夫か?」
「酷すぎませんか!?」
 勢いよく振り返っては下から橋本さんを睨む。私がしてもそこまで迫力は無いだろうけど、やらずにはいられなかった。
「その怒りを相手にぶつけるんだ! 相沢のスマッシュは上手く返せない」
 橋本さんの台詞に今度は相沢さんを睨みつける。何か、今まで鬱屈してきた思いが爆発したみたいだった。
 シャトルが頭に当たったのはスイッチだったみたい。
「絶対勝ちますよ橋本先輩! ストップです!」
「おうおう。やるぞ」
「ストップ!」
 そこまで叫んで、心の中が軽くなるのを感じていた。


 * * *


「疲れたなぁ」
 呟いたら余計に体が重くなった気がする。
 誰もいない駐輪場。空も秋に入ったこともあって太陽の光は完全に消えてる。
 暗いし、寒い。
 時計を見たら午後八時になりそうだった。結局、最後まで残ってしまった。
 あの後、試合自体は三点しか取れずに負けた。ほとんど相沢さんのスマッシュで決められてしまって。他も由奈さんのプッシュがいいコースを突いてきて取れなかったのが原因だった。それから何組かとやったら勝ったから、リーグ戦でもやったなら二位にはなれただろう。
 でも、やっぱり悔しい。相沢さんに負けるのは仕方がないにしろ、由奈さんは実力だけなら私のほうが上なのに。
 実力だけじゃ、ないんだろうな。
 試合の間は余計なことを考えなかったからか、とても心も気持ちも軽かった。でも今はまたいろいろと考えてしまって重くなっていく。
 でも、いつまでもうじうじしていたくなかったから、自転車の鍵穴に鍵を差し込んで、勢いをつけて回す。ガチャって音と一緒に私の中の嫌な気持ちも鍵をかけた。帰ってシャワー浴びて、勉強して寝れば明日には忘れてるはずだった。
「あれ、寺坂じゃん」
「ひっ!?」
 急に、しかも聞き慣れた声に驚いて変な悲鳴を上げてしまった。更にバランスを崩して自分の自転車に突っ込んで、他の自転車を巻き込んで倒れていた。俯いてたから見えなかったけれど、ガラガラと連なっていく音を聴いてどうなったのかは分かった。
 情けない。死にたい。
「あーえーと」
 声の主――相沢さんは何か唸っていたけど、とりあえず助けてくれるらしい。
 大丈夫かって言いながら私の両肩を掴んで助け起こしてくれた。
 ……緊張で体が硬直してしまう。
「大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ、です。あっちは大丈夫じゃないですけど」
「……大惨事だな」
 視線の先には倒れている自転車。十台くらいはあった。
 そもそも他の生徒はいないはずだから、置き自転車だろう。本当はいけないことだよね。
 でもこれをそのままにしていくのはもっと駄目だろう。私は「よし!」って気合を入れてから自転車を立て直し始める。
「倒れた先からやったほうが楽だぞ」
 そう言って相沢さんは一番奥で倒れている自転車に駆け寄って、立たせた。私は今のままで自転車を立て直していく。
 五分もすれば全部ちゃんと立たせられた。最後の自転車で相沢さんと合流して、ほっと一息。
「さて、帰るか」
「はい。って、先輩一人ですか?」
「ああ。由奈も早坂も橋本も先に帰ったし」
「はぁ……」
 気の抜けた返事をしちゃったけれど。この場には私達だけしかいないって気づいたら急に心臓がどきどきしてきた。
 顔もきっと赤くなってる。相沢さんには悪いけど、早く帰っちゃおう。
「寺坂。久しぶりに一緒に帰ろうぜ」
 相沢さんから出た言葉に、足が止まってしまった。心臓がもっと早く動く。変だ、変だよ。家の方向が同じだから一緒に帰ろうって言ってるだけなんだし。こんなに意識するのは変だ。
「……実は町内会のときも一緒に帰ったことないですよ」
 そうやって返すのが精一杯だった。
 ぶっきらぼうになってしまったけど、相沢さんは特に気にした様子もなく自転車の鍵を外していた。私も自転車にまたがってしぶしぶゆっくりペダルを踏む。相沢さんは私に合わせて横に並んできた。身長が違うからか、自転車に乗っていても少し見上げる形になる。
「今日のダブルス、寺坂動きよかったな」
「そうですか? 結局、相沢先輩のスマッシュで決められちゃったし……あれは反則です」
「そういうショットを目指してるから仕方がない!」
「でも私も大分経験になりました。あんなスマッシュ打つ人女子にはいませんから」
「早坂もそれはよく言ってるな」
 早坂さんの名前。相沢さんとは……違う意味で憧れの先輩。最近の早坂さんは、本当に綺麗になったと思ったけど。もしかして相沢さんのことが好きになったんじゃ……。
「なんて、そんなことないか」
「え、なに?」
「なんでもありませんよー」
 意地悪く笑ってみる。相沢さんはそうかーと言いながら笑っていた。
 自転車を走らせて、前から来る風が心地よい。それだけじゃなくて、こうして二人で話をして帰っているという空気が、心地良いんだ。きっと、由奈さんはずっとこんな気持ちだったのかもしれない。
 学校の勉強の話や体育の授業での話。部活以外の話も続いていく。
 出来れば、これが本当ならいいのに。
 でもこれは偽物。ちょっとだけ、運が良くて経験できたこと。いつも隣にいる人がいないだけ。
 好きか嫌いか。
 それでいえば、好きなんだと思う。
 でも、本当に恋愛感情かと言われたら、違うと思う。
 私はどうしても、相沢さんの隣にいる自分を想像できなかった。
「おーい。どこいくんだ?」
「え? あ……」
 私は急ブレーキをかけて止まっていた相沢さんのところへ戻る。
 色々考えているうちに、家に帰る道を通り過ぎてしまったらしい。恥ずかしいと思いつつ戻ると相沢さんは少しだけ困った顔をしていた。
「なあ。何か悩みでもあるのか? 悩んでるみたいに見えたけど」
「え、まあ……やっぱり色々悩んでます。バドのこととか」
 そして相沢さんのことも。
「俺が相談に乗れることなら、相談に乗るぞ? 話しづらいなら由奈や若葉がきっと力になってくれる。ひとりで抱えるのはできるだけ止めたほうがいいぞ?」
 その言葉はとてもまっすぐで。私のことを心配してくれるのがわかった。ちょっと、心が揺れた。
「あ、わたし、は」
「ん?」
 相沢さんが、好きかもしれません。
 彼氏彼女とかは分かりません。
 でも、相沢さんのことを考えると頑張って抑えないといけないくらい、満たされてしまいます。
「――分かってます。困った時は由奈先輩や若葉先輩に言ってみますね。じゃあ、また部活で〜」
 私は手を振って自転車を軽く踏み出す。それから速度を上げると自分の家まですぐたどり着いた。今、相沢さんの家のほうを見てしまえば、目が合ってしまうかもしれない。気まずくなりたくないので、物置に自転車を入れて、振り返らずに玄関のドアを開けて入った。後ろ手に閉めて息を思い切り吐く。
 そこで初めて、自分が息をずっと止めていたことに気づいた。
「はぁ……何してるんだろ、私」
「知美。帰ったの? あら、顔真っ赤だけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。ただいま。着替えてくるね」
 居間から顔を出したお母さんに言葉を返して、二階の部屋までまた一直線で向かって入る。部屋の電気を点ける前に、ラケットバッグを床においてベッドにうつ伏せで倒れこんだ。制服が皺になっちゃうけど、後でアイロンかければいいや。
「疲れた」
 相沢さんに、好きって言おうとした。本当に恋愛感情なのか分からないって思っていても、気持ちを伝えたかった。
 でも何とか抑えられた。
 その時出てきた顔は、相沢さんじゃなくて、由奈さんだった。
 そうだ。私はきっと、相沢さんと由奈さんが二人でいる時の、あの人が持ってる雰囲気が一番好きなんだろう。
 それは私ではきっと満たせないもの。もし、万が一相沢さんと彼氏彼女になれても、私は一番を手に入れられないんだ。
「そう分かっていても、止められないよ……」
 勝手に思って、今日、勝手にふられた、と思う。
 でもしばらくは相沢さんを好きに違いない。次に好きな人が出来るまでは。
「知美ー。ご飯食べちゃいなさいー!」
「はーい!」
 ベッドから起き上がって、まずはカーテンを閉めようと窓際に行く。そこからは、相沢さんの家が普通に見えた。部屋はどこか分からないけど、電気が点いている場所がほとんどないから、おそらく逆側だろう。
「もう少しだけ、好きでいていいですよね?」
 返答はあるわけない。
 私はやっぱり、相沢さんを好きでいるだろう。もうしばらくは。
 気持ちに一区切りをつけるために私は思い切りカーテンを閉めた。
 ちょっとだけ涙が出た。
 でも、ちょっとだけすっきりしていた。
モクジ
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